二次創作ドラゴンクエスト~深海の楽園~

2.祭りの夜


「よし、また一匹引っ掛かったぞ!」

立ち上がった青年はまるで幼少期に初めて釣りを体験したかのような純粋さで釣竿を引いていた。青年の横には水漏れしないよう丈夫に作った木製の水槽が手押し車の上に置かれており、中には色とりどりの魚や蟹などの甲殻類が入っていた。時折水鳥が釣った魚を狙いにくるが、青年は片足で水槽を蹴って追い払う。

太陽の光を常に浴びているのか、青年の肌は健康的な褐色で、毛髪もまるで澄んだ海のような淡い水色をしていた。細身ではあるが上半身も下半身もしっかりとした筋肉が付いており、立派な体格をしている。

青年は釣り上げた魚を水槽に入れて、釣竿を横に投げ出してその場に仰向けに倒れ込んだ。夕焼けの太陽の強い陽射しが褐色の肌を照らす。

「今日で18になるのか…俺も成人か。」

「一人でなに浸ってんのよ?らしくないわね、レド♪」

仰向けに倒れ込んだレドの目に映り込んだのは、同じザボラ村で育った幼なじみの娘、ミディアであった。腰の辺りまで伸びた柔らかい髪は濃い青をしており、お気に入りの赤に白の斑が入ったリボンで留めている。肌も日に焼けた程度の褐色をしており健康的である。

「あれ、ミディア?お前自分の母さんの手伝いしてるんじゃなかったの?」

「今は大丈夫、ちょっとだけ休憩入ったから♪はいこれ、疲れてるでしょ?」

頬に押しあてられた木製のコップを受け取り中身を確認する。どうやらパイナップルの実から作ったジュースらしい。
起き上がったレドがジュースを口に含むと、南国の香りと風味が口一杯に広がった。ほのかな甘みを感じてレドの身体は疲れをフッ消し、代わりに安らぎを与えているようである。

「アタシが作ったんだよ♪どうかな?」

「うん、悪くないね。ありがとう。」

「ウッソ~!もうこんなに釣ったの?レドも相変わらず釣りが上手いね♪」

ミディアは水槽の中身を見て目を丸くした。そこには釣られたばかりの大小様々な魚が元気よく水槽内を泳いでいたが、量が多いためにおしくらまんじゅうをせざるを得なかった。

「この魚、今夜の祭りに出されるんでしょ?」

「あぁ。毒のあるやつは部位を取って別に分けてから持ってくよ。あっ、そうそう……はい、これ。」

レドがミディアに手渡したのは、縄でしっかりと巻き付けてある『痺れアンコウ』だった。毒々しい緑色をした体表に幾つかの鋭い棘が生えた魔物で、その棘には神経性の毒が含まれている。既に血抜きはされているようで、息絶えているようである。

「お前の母さんが必要だって言ってたけど…何に使うんだ?」

「ありがとう♪これ?う~ん……本当は母さんに必要なものではないんだけど…ちょっと使うんだ♪」

「ふ~ん…まぁ棘に毒がまだ残ってるかもしれないから、持って行くとき気を付けろよ?」

「大丈夫、一応漁師の娘だし♪」

ジュースを再び口に含んだレドは、夕陽が沈みかける水平線を眺めていた。心地よい潮風に吹かれ、磯の香りが鼻孔を刺激する。しばらく沈黙が辺りを包み、波の音だけが聞こえている。時折空を飛ぶ水鳥が鳴いているのも聞こえるが、自分達の巣に戻るのであろう。

夕陽を眺めて黙りこむレドに、どこか落ち着きのないミディアが口を開いた。

「レド、ついに成人だね…」

当たり前な事を言うミディアに対して、レドは一瞬戸惑った。

「えっ?あぁ…まぁ、そうだね。どうした?」

「成人になるって事はさ…。その……もう候補とか決めてるわけ……?」

「ん?あぁ、嫁の話か。」

ザボラ村の成人式は儀式的な要素を大きく孕む式であった。18になる村の青年達はまず宴を楽しんだあとに、村の南側にある小さな洞窟の中にある祠へと向かう。祠の中には成人を迎える人数分の小皿があり、その皿に自らの身体に傷を付けて血を流す。祠は海の神を祀るために建てられたものであり、血を捧げる事で海の神と契約を果たし、死ぬまで命の安全を保証すると考えられてきたからである。

祠を出て見事成人を迎えた者は、最後に自分と一生を共にするパートナー、つまり女性を決めなければならない。女性の年齢は関係ないが、独り身でいた者のみが対象となる。既に夫がいる者や未亡人となった者を選択することはできない。

決めた後はお互いに杯を交わし、村から少し離れた小さな小屋の中で一夜を過ごす。これがザボラ村の成人式である。

「レドね、村の女の子達にかなり人気みたいなの…。仲良かったシーナとは成人式が近付くにつれて疎遠になっちゃったし…。アタシがレドの幼なじみってのがやっぱり効いちゃったのかなって…」

ミディアが言った事は事実、レド自信感じてはいた。成人式が近付くにつれて村の同世代の女性からは幾度か言い寄られた事もあったし、年上の女性からも執拗に可愛がられた事もしばしばあった。

皆レドに好意を抱く者たちであるのには変わりないが、それはミディアも同じである。

「なんかね…こうやって二人で仲良く海を見れるのも、これが最後みたいな気がしてさ…。アタシ、ちょっぴり怖いんだ。」

「何言ってんだよ。村にいればいつでも見れるじゃんか。それに……。」

そう言うとレドは一気にジュースを飲み干し、恥ずかしさをかき消すように勢い良くコップを置いた。ミディアはその間不思議そうにレドの顔を凝視していたが、徐々に胸の鼓動が高鳴ってくるのが分かった。

「それに…俺だってちゃんと嫁のあてはあるんだぜ?」

「えっ……本当…?」

「ま、教えないけどね~掟だし♪」

「もう、レド~!」

意地悪そうに言って微笑みかけたレド。ミディアはただそれを、顔を赤らめて言い返すしかなかった。胸が高鳴ったまま、自分が花嫁になるという期待を残しながら…。









村に戻ったレドは村長の家に釣り上げた魚を置いていくと自分の家に帰った。レドの家は村の中心から少し離れた場所にあり、見た目も簡素な木製の小さな家に住んでいた。両親はレドが14の頃に他界しており、それからは一人で暮らしていた。母は優しく、笑顔の綺麗な村一番の美人であり、父も村では敏腕な漁師の一人であった。また父の胸には、母が浜辺で海老の魔物である『エビラ』の大群に襲われそうになったところを命懸けで助けた時に出来たバツ印の大きな傷跡もあった。レドはその時の話を自慢気に話す父が何より好きだった。

夕陽が沈み、辺りが徐々に暗くなりだした頃。村の外では宴のための楽器や料理などが運び出されていた。レドはその様子を伺いながら、麻でできたシャツと絹の半ズボンに着替えて家を出た。

「よぉレド、待ってたぜ。」

家の前で待っていたのは、同じく成人を迎える男性の一人であるグレイであった。
父親が漁師のリーダーでレドの父とは特別仲が良く、家族間での付き合いもあった仲である。

「なんだよグレイ、先に村長の家に行ってればよかったのに。」

「親友置いて一人行けるわけないだろ?さっ、行こうぜ♪」

成人を迎える者は祭りに出席する際、村長の家から出てくる決まりになっている。二人は松明が照らす村の中を並んで歩いて行った。

「なぁ、やっぱりお前ミディアちゃんと契るわけ?」

「そんな事教えられるわけないだろ。それよりお前の方こそ決まってんのかよ?」

「まぁ一応な。顔ではお前に劣るかもしれないが、経済力では俺の方が上さ♪やっぱり男は腕っぷしの強さと金だよ。」

「相変わらずだなぁ、グレイは…。」

「相変わらずと言えば、お前今までどこに釣りに行ってたんだよ?村長が驚いてたぜ?あんなにたくさん釣れる場所なんて、なかなかないからよ。」

釣りに行く場所は別にどこでもよかった。どこで釣ろうが魚の量も種類もあまり変わらないからだ。だが父から秘密の釣り場を教えてもらえたのは幸運だった。天候や波の強さによって、釣れる魚の種類も量も全く違ってくるからだ。祭りがあるこの日は、まさに絶好のポイントだった。しかもこの釣り場は家族以外には幼なじみのミディアにしか教えていない。

「もしかしたら、海の神様が俺に味方してくれてんのかもな?」

「冗談上手いな~。そういやベネーラがお前探すのに必死になってたぞ?」

ベネーラはレドと同い年で、レドに対して執拗に付きまとう金髪の少女である。性格は問題点が多いが抜群のスタイルを持っており、常に豊満な胸元をさらけ出す服装をしている。父親が貿易関係の仕事を主としているために経済力もそれなりにあり、村の女性とは思えない一面を持ち合わせている。

「アイツ見た目は問題なしだが性格がなぁ…。ま、お前がいる側ではガラッと豹変するんだけどよ。モテる男は羨ましいね~」

「嫌みなこと言うな、グレイ…。そのおかげで最近苦労してるんだぞ?……あっ、もうそろ着くな。」

そうこう話しているうちに、二人は横に長く広がった村長の家についた。豪勢にも金の錦がかかった暖簾がまるで羽織るかのように屋根に掛かっており、松明の明かりで光を反射していた。家の回りには成人を迎える男性が幾人かおり、祭りが始まるのを待っているようだった。

「なぁレド、神様に捧げる血の量って決めてたりするか?」

不意にグレイが尋ねてきた。

「あまり決めてないな。まぁけど量によって花嫁選びの順番は決まるみたいだから、流せるだけ流せばいいんじゃないか?」

「流し過ぎて死ぬのだけは勘弁だぜ…」

グレイが冗談を口にして和んでいたその時、村長宅の玄関扉が開いた。

「おぉ、集まったようじゃな。では成人を迎える者達よ、入るがよい。」

白髭を胸の辺りまで伸ばした村長がそう言うと、レドとグレイらは村長の家に入って行った。









「成人を迎える者達よ、よく集まった。ではしきたりに従い、祠に入る際の決まりごとを説明しようと思う。」

家の中は常に火がくべられているため比較的暖かく、成人を迎える男性達は皆床に座っていた。村長は所々破れかけている古い巻物を手にして慎重に広げ、ゆっくりと落ち着いた調子で読み始めた。

「海の神に血を捧げる時は、必ず薬草を手にしてから行くこと。また魔物が出現する可能性に備えて武器の携帯は許可するが、一人で祠に入ってはならない。必ず三人づつ祠に入ること。出るときも三人一緒に出る。花嫁を選ぶ順番は村長を含めた五体老が捧げた血の量で判断するが、他の生物の血や他人の血で量を補ってはならない。不正が発覚した場合、村人全員の前で去勢の儀を行ったうえ、村から追放することとする。以上じゃ。何か質問はあるかな?」

「村長、成人を迎える人数は今年8人しかいませんが…」

「その場合は最後に余った二人で入るのじゃ。そこはお主らで相談するんじゃな。」

レドの横に座っていたグレイが耳元で囁いた。

「俺達最後に行こうぜ?他に一人加わったら、なんか俺が気まずいし…」

レドとグレイ以外の6人は、レドはそれなりに面識はあったし仲もよかった。だがグレイは人見知りが激しく、レド以外の人間とは中々馴染めないでいたのだ。

「わかったよ、何とか話つけてくる。」

「では祭りが始まる笛の合図で皆表に出るのじゃ。外では宴の仕度が出来ているはずじゃからな。」

村長はそう言うと自分の部屋に戻って行った。グレイは用を足しにトイレへと駆け込んだが、レドはその間に村長の元へと駆けつけた。

「村長、お身体の方はよろしいのですか?」

「おぉレドか。大丈夫じゃ、そうか…お主も成人かのぅ…。ザードとミレナに見せてやりたかったわい。」

村長は椅子に座ってくつろぎながら言った。もう九十を迎えようとしている身体はシワが増え、気力だけで立っているのがやっとのような体つきをしていた。

「父さんと母さんがこの場にいないのは…たしかに残念です。二人とも、この日を楽しみにしていましたから…」

「お主の両親を襲った魔物は未だ分からずじまいじゃ。すまないのう、力になれずに…」
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