紳士な課長、愛をささやく
紳士な課長、愛をささやく

朝のオフィスは静まり返っている。
コーヒーが入っているマグカップを両手に持ち、ある席へと向かう。

私はHYM商事に勤めて三年になる蓮見陽菜子、二十五歳。
うちの会社は食品、建設資材から通信機器など様々な事業に携わっていて、私は建設部門の営業事務をしている。
主な仕事は商品の受発注や在庫の管理、請求書や見積り、資料作成など。
他にも雑用が多い。

今、営業部のフロアにいるのは片倉課長と私の二人だけ。

片倉祐介、三十二歳。
目鼻立ちの整った顔、長身で均衡のとれた身体つきは細身のスーツがよく似合っている。

私は出社してフロアの掃除が済んだら給湯室でコーヒーを淹れ、それを片倉課長に渡すのが日課になっている。

「片倉課長、どうぞ」

「ありがとう」

マグカップを机の隅に置くと、低音ボイスが返ってくる。
それと同時に顔をあげた片倉課長と目が合うと胸が高鳴る。
私はそれを悟られないよう軽く会釈し、自分の席に座りコーヒーを飲む。

始業前は滅多に電話も鳴らない。
私は開始時間の十五分前になるまで、のんびり朝のひと時を過ごす。

そんな私とは反対に片倉課長は朝からバリバリ仕事をしていて、さっきから常に手が動き、パソコンのキーボードを打つ音が聞こえる。
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