拝啓 芦田くん
拝啓 芦田くん
拝啓 芦田くん。

まず始めに、私があなたに伝えておかなくてはいけない事は、私があなたの耳に対して、ただならぬ愛情を注いでいるのだ、という事なのです。



芦田くん。

あなたはつい、今さっき、コンビニのアルバイトへ出掛けていきました。
そうです、いつもの様に、いつもと何ら変わらない格好、いつもと何ら変わらない表情と言葉で、あなたはそのドアから出て行きました。
そうして今、私が何故こうしてテーブルに向かい、あなたが漫画の下描きとしていつも利用しているコピー用紙を何枚も無駄にしているのか。
その理由を、今から述べなくてはいけません。

とにかく、謝らなければならないのは、この数行を書く内に、もうすでに六枚ほどの紙を無駄にしてしまった、という事です。
その六枚は、一つずつ、白い貝のようになって、私の周りに散らばっています。
あれです、よくドラマなんかで見る、小説家のスランプのような物です。(え? 全然違う?)

まあ、冗談はさておき。
芦田くん、私は今、猛烈に耳が痛いです。

「耳が痛い」というのは「煩い」だとか「言われちゃうとちょっと辛い」だとかの比喩ではなくて、本当の意味で、です。
ああ、本当に痛い。心臓が耳に移動してきたみたいに。


芦田くん。

あなたと本屋のバイトで知り合ってから七年。あなたの彼女になってから、六年半。
私がどんな思いであなたの耳を隣で眺めてきたのか、あなたはきっと、知らないのでしょう。
あの、完璧な曲線。天使の羽を思わせる軟骨の突起。深く深く沈んでいく、地底湖のようなホール。その周りを囲む、苔花のような産毛。
幾度となくこの目で愛でてきた、芦田くんの耳。(時には口に含んでもみましたが、あなたが悶えながら嫌がるので何度も諦めてきました)
正直に言うと、私はあなたではなく、あなたの耳に一目惚れしていたのです。
人よりも少し大きく、左右に開いていたあなたの耳。それを見た時の驚きと衝撃。私は店長にお願いして、シフトをあなたと同じに変えてもらっていたくらいなのです。
知っていましたか?知らなかったでしょう。
そのはずです。だって今の今まで、あなたの耳の話など、した事はなかったのですから。

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