冬夏恋語り
ファミレスの騒動から一週間がたつ。
父と仕事以外の会話はなく、事務所ではまだなんとか間が持つが、朝夕の食事の席は、母の独り言とテレビの音だけが響いていた。
ときおり、私を見て父が口を開くが言葉にはならず、助けを求めるように母に視線を移すのだが、どんなときも父の味方だった母は、今回は仲介役を引き受ける気はなさそうで、父の視線に応じる気配はない。
出張で隣県に来たついでとかで半年ぶりに帰省した兄も、たまには独身に戻って週末の休みを実家でのんびり過ごそうと言っていたのに、家中に漂う重苦しい空気に耐え切れなかったのか、週末を待たずに家族が待つ家に帰っていった。
帰り際 「オヤジをあまり悲しませるなよ」 と長男らしい言葉を私に向けてきたが、家業を継がず早々に実家を出た兄に言われたくない。
「好きな仕事をしているお兄ちゃんは、気楽でいいわね」 と、仲の良い兄にイヤミを言ってしまうほど私の気持ちは荒れていた。
門の前で言い合った日から毎日電話をかけてくる西垣さんの言葉は、判を押したように 『もう一度話し合おう』 であり、私の返事は 『話し合うつもりはありません』 だった。
そして、数日続いた電話は一昨日から途絶えていた。
地方へ出かける仕事が入ったため忙しく、仕事が落ち着いたらまた連絡するよと言われたが、私は 『これで終わりにしましょう』 と無情な返事をした。
それでも 『必ず連絡するから』 と返ってきたのだから、彼に諦めるつもりはないらしい。
終わりの見えない関係に、私は疲れきっていた。
兄がいるはずだった週末、ちいちゃんと大空くんが我が家にやってきた。
夫の脩平さんが、同級生の結婚式のため泊まりがけで出かけると聞き、「ウチに泊まりにいらっしゃい」 と母が誘ったそうだ。
いつまでも父と私の関係に修復が見られないため、従姉妹親子を招いて家の空気を変えようと思ったのか、私にも父にも意見できるちいちゃんにカンフル剤になってもらうつもりなのか、それとも単なる思いつきだったのか……母の本心はわからない。
ともかく、赤ちゃんの声が響く家は賑やかで、昨日までの重苦しさはなくなっていた。
母から私の反乱を聞いているはずだが、ちいちゃんがそれに触れることはなく、夜も更けて両親に 「おやすみなさい」 と告げるまで、なにも知らない顔で過ごしていた。
私の部屋に布団を持ち込んだちいちゃんは、大空くんをあやしながらおもむろに聞いてきた。
「それで、結婚するの? しないの?」
「結婚はしない……」
「そっか……私が持たせたお酒が原因だったみたいね」
「原因じゃないよ。きっかけにはなったけど、ちいちゃんのせいじゃないから」
母から聞いただろうことも含めて、一週間のあいだに起こったことを話した。
うん、うん、と相槌を打って聞くちいちゃんの腕の中で、大空くんはいつの間にか寝てしまった。
「ユキちゃんが大声で叫んだの? へぇ、聞きたかったな」
「やめて、思い出したら顔から火が出そうに恥ずかしいんだから」
「ふふっ、伯父さんもびっくりだったでしょう。
私も信じられないけど、きっとカラオケで発声練習したおかげね」
「かもね。東川さんとカラオケに行って、大声で歌って、気持ちが解放されて、そのまま帰ってきたら二人が門の前にいて……勢いだったのよ」
「で、大っ嫌いか……伯父さん、ショックだわ」
「うん……」
「で、西垣さんは諦めない。困ったわね」
「うん……」
父には悪いことをしたと思うが、西垣さんにはいまだ不信感がある。
「でも、逃げてばかりじゃダメなんじゃないの? 話し合いはするべきよ」
「やっぱり、そうだよね」
「ねぇ、旅行でもして気分転換してきたら?」
「ひとりは、ちょっと……」
「同窓会とか結婚式とかないの? 新しい出会いがあるかも。
久しぶりの再会って、盛り上がるのよ」
「ちいちゃんと脩平さんみたいに?」
「そっ!」
顔を見合わせて笑いながら、出かける先を思いついた。
同窓会でも結婚式でもないが、この時期に毎年仕事関係の会合があり、例年父か私が出席している。
今年は父が出かけることになっていたが、私が行きたいと言ってみようか。
さっそく、ちいちゃんにその話をすると 「私に任せて」 と頼もしい返事があった。
翌日の夕方、結婚式帰りの脩平さんがちいちゃんと大空くんを迎えに来た。
父の勧めで夕飯を共にして従姉妹一家が帰ったあと、父から話があるのではと期待したが何事もなく終わった。
「来週の会合には、深雪が行け」 と言われたのは、翌朝の事務所だった。
家で話せなくても、仕事のことなら話せる、そういうことだろう。
あいかわらずの頑固に呆れたが、遠出をしたいという私の願いは叶うことになった。