男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方

22th Data 緊張の外回り ◇雅 side◇

「さて。院長に姫野さんの様子を見てもらえて、会話のキリもついたところで――。」

本条課長が話題を変えようとしたところで、本条先生が戻ってきた。

――ガチャ!

「皆さん、お待たせしました。普通の丸椅子で申し訳ありませんが、どうぞお使い下さい。」

「あっ。ありがとうございます、本条先生。これには僕が座るので課長と先輩方はソファーに…。」

「“本条課長”、今病棟から『新たに【不具合のあるパソコン】が出てきた。』と連絡がありました。……"コレ"ですね。事前にお渡ししていたリストにそれも追加して今からの流れをお考え下さい。」

「…あっ、ありがとうございます。…拝見します。」

課長は、本条先生から受け取った新たな【不具合リスト】に目を通す。

「院長先生、この目の前のローテーブル少しお借りします。」

「あぁ、遠慮なく使ってね。」

「課長、いかがですか?これで全リスト一目で目視できますか?」

「あぁ、助かる。……うん?【グレースクリーン】が3件と『ハードが破損している――。』のエラーが1件、【動作が遅いPC】が1件、【電源がつかないPC】が1件か…。【マスターPC】のシステム点検も今からだしな…。誰か応援呼ぶか。」

「今朝時点の内勤予定表では、工藤さん…今日は内勤になってますね。急な営業がない限り社に居ると思います。」

なんで4人とも固まってるの?
私、何か変なこと言った?

「さすがだな、言わずとも内勤予定表まで持ってきてくれてたとは…。」

「姫野さん、すげー。毎回、俺たち『今日、誰が居たっけ?』ってところから始めて…課長から『〇〇に電話しろ。』って言われてから連絡してたし、その人に先約があって他をあたるってこともあったのに…。」

…えっ!じゃあ、今までは"その時"、"その場"で考えてたってこと?

本条課長がそんな非効率なことしないと思うけど…。

課長が内勤者の把握をしてないわけがないから…。
あっ、でも。去年までは観月くんも桜葉くんも"2年目"かぁ…。
あー。それなら課長が"自分がやった方が早い"って考えてて、1人で終わらせちゃったなんてことあるかもね…。

「“本条ドクター”、新しく加えられたPCの不具合について…もう少し何か詳しく聞きませんでしたか?」

「僕も看護師たちに『なるべく詳しく教えて。』と言ったんですが、いつも通りに動かないパソコンに対しての焦りが酷くて、そこからは『分からない!』が続き…話にもなりませんでした。」

「そうですか、パニックになられたんですね…看護師さんたちが。分かりました。大丈夫ですよ、そこのサポートから我々が引き継ぎますね。……津田、速水主任に電話して工藤が 病院(こっち)に来てもチームに支障が出ないか聞いてくれ。主任への電話だ、緊張しても何ら問題はないし…こっちの状況や代わりのPCが要ると伝えて、『工藤さん来れそうですか?』って素直に聞けばいい。…できるな?」

「はい!」

「桜葉は…工藤に主任のOKが出たらこっちに来るよう連絡して。」

「分かりました。代替品のPCやパーツの運搬も頼んでおきます。」

「さすがだな、助かる。観月は今持ってきている外付け【HDD(エイチ・ディー・ディー)】(ハードディスクドライブの略)や電源ケーブルとアダプターの個数の確認。それから代替品がすぐ用意できるか…〔開発〕に確認取ってくれ。緊急対応が必要な可能性の高いPCが、内科の【VRS(ブイ・アール・エス)シリーズ】だ。」

本条先生から現状を聞き…状況整理をした課長は、そこから瞬く間に私たちに指示を飛ばす。

「分かりました。【VRSシリーズ】の在庫状況と、並行してそれの類似品の在庫も確認します。…えっと、HDDが3の――。」

「さて、姫野さんは…この部屋の電話から不具合のあるPCが置かれている病棟に連絡して不具合の詳細を聞き取りして。【グレースクリーン】は、現象として…まず英文が並ぶ。そんな画面を見て、動揺してしまう人は…実は少なくない。現にその状況だしな…今が。看護師さんたちの不安を、あなたなら上手く取り除いてくれるんじゃないかと思ってる。"おおらかな口調でお客様に丁寧に向き合う"。それを姫野さんなら根気よくやってくれるだろうからな。先日の“本条ドクター”との電話でのやり取りを見る限り…。」

「承知しました。やってみます!」

グレースクリーンとは、灰色の背景に黒い文字が表示された画面のまま…キーボードの操作が一切効かない状態になることで、「STOPエラー」とか「停止エラー」とも呼ばれている現象のことだ。

「【緊急の対応】が必要な場合もあるから、至急頼む。それからエラーコードについてだが、数字とアルファベットで表示される。不具合や破損の場所はそれにより判明する。それ次第で…その後の対応や必要物品が変わるから、エラーコードの特定を可能な限り急いでほしい。…場合によっては、OSの初期化(リカバリー)が必要なこともある。」

「状況把握しました。はい、速やかに作業に入ります。」

「課長。HDDが3、プラグとアダプターが2、バッテリーとOSドライバーも2、あとデバッグソフトが1…です。それから【VRSシリーズ】の現行モデルが3台確保できました。」

「課長、速水主任からOK出ました!」

「観月、津田ありがとう。……桜葉、工藤に【VRSシリーズ】の現行モデルが3台とHDD…"1"、電源ケーブルとアダプター…"1"、OSドライバー…"1"、【Platina(プラチナ) Coat(コート)】のドライバー…"2"、【VRS 815(エイト・ワン・ファイブ)】のメモリー3つを追加で持って来るよう伝えてくれ。」

「了解!伝えます!」

Platina(プラチナ) Coat(コート)】のドライバーまで用意するなんて、ウィルス感染もあり得るってことですね。

Platina(プラチナ) Coat(コート)】とは、"国内シェア数NO.1"を誇り…ここ1,2年は海外でも売れ筋を伸ばしている我が社自慢のセキュリティーソフトである。

その魅力は、大きく2つ。
1つ目は、他社のPCのOSも含めて…ほとんどのシステムやソフトウェア等の動作を邪魔することは無いのに、ウィルスや悪質である可能性があるサイトはしっかりと弾き返してくれること。
2つ目は、細かなカスタマイズが可能になっていることだ。
具体的にいえば、ネットサーフィンをする人ならサイト訪問時によくあるアフィリエイト等から誘導され、自身のPCをウィルス感染させること。
またビジネスシーンで気をつけたい、URL付きのメールやHTML(エイチ・ティー・エム・エル)メールを開いた時にウィルス感染してしまうこと。
これらの危険を回避してくれる設定が、細かくできるというわけだ。

ちなみに、【Platina(プラチナ) Coat(コート)】の開発者は本条課長だったりする。
課長が〔開発課〕で行った、"最後の大仕事"として…今なお話題に上げられる【伝説】だ。
ソフト完成直後から半年間は…本当に社内でも大盛り上がりだったのは、はっきりと覚えている。

それから、HTML(エイチ・ティー・エム・エル)とは…Hyper(ハイパー) Text(テキスト) Markup(マークアップ) Language(ランゲージ)の略称で、簡単に表すとインターネットで閲覧しているWebサイトに表示される画面を作っている言語のこと。
要は…人間の言葉がコンピューターに通じないから、PCが理解できる言語で『文字色は黒で、タイトルは3列で表示して』という指示を出すのだけれど――。
その、【PCが理解できる言語で指示が書かれているテキストの集合体】のことをHTMLと言うのだ。
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