コーヒーを一杯


娘に紹介された男性のことを仕事から戻って来た夫に話しながらも、私は小骨の引っ掛かりがどうしても取れずにいた。

そうして数日が過ぎた頃。
その小骨の引っ掛かりが取れる日が来た。

ある日、近所の奥さんたちと立ち話をしている時だった。

日々の小さなできごとを、大袈裟に話す斉藤さんの話に声を上げて笑っていたところ。
十メートルほど先の角で立ち話をしている、スーツ姿の男性二人に目がいった。

どうしてそこに視線が向いたのか。
どうして気になってしまったのか。

少し考えて、はっ。と思い出す。
そうだ、前にも一度そんなことがあったからだ。

どのくらい前のことだったか。
一ヶ月か、もっと前か定かではないけれど。
今、少し先で立ち話をしている男性たちと同じ光景を、私は以前に見たことがあったんだ。

あの時も、こんな風に立ち話をしていたけれど、もう少し彼らに近い場所で話をしていたものだから、その男性二人の会話が所々聞こえてきていたんだ。

他の人たちは立ち話に夢中で、彼らの話す内容になど気にも留めていない様子だったのに、私は何故だかどうにも彼らの話すことが気になって、つい耳を欹ててしまっていた。

その内容は、うまくいくはずだ、とか。
完全に信用しきっている、だとか。
巻き上げるだけ巻き上げるさ、などという会話で、イヤらしい笑いを混ぜ込みながら話していたものだから、どう想像してもよくない内容にしか結びつかなかった。

私は、奥様たちの話に耳を傾けながらも、その男性二人の会話が気になりしょうがない。
そのうちの一人の話し方はとても流暢で、今思いかえせば娘がつれてきたあの高橋にとても似ている気がした。
そうして、背中を向けてはいるものの、背格好もとても似ていたように思う。

それを思い出せば、小骨の引っかかりは高橋に対する私の不信感からくるものだったと、今日になって初めて気がついたんだ。

いけない。
このままでは、娘があの男に騙される。
あんな会話から想像できるのは、どうやっても結婚詐欺以外ない。

真面目な娘を騙す高橋の姿を想像すれば、恐ろしくて身震いがした。
私は、井戸端会議もそこそこに、急用が出来た、と慌ててその場を離れ帰宅した。


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