キミとの距離は1センチ
「……帰る。電車、まだあるし」

「ふぅん……」



そうつぶやいた伊瀬が、何を考えているのか、わからない。

わたしはぎゅっと、バッグの持ち手を掴んだ手に力を込めた。



「服、洗って返すから。ありがと」

「……別に、そのまま置いてっていいのに」

「そんなわけにはいかないよ。……それじゃ、」



彼に背を向けて、玄関へと向かう。

伊瀬がそれ以上、何かを言うことはなかった。

パタンと、ドアが閉まる。わたしは1度振り返ってから、小奇麗なマンションの廊下を歩き出した。


……ねぇ、伊瀬。わたしはあんたのこと、大切な同期だと、思ってたよ。

それは今も、変わらない。


だけど、ねぇ。これからわたしたち、どうしたら、いいんだろう。

あんなことを、してしまって。これから、どうなっちゃうんだろう。



「伊瀬……」



つぶやいた声が、夜の闇に消える。

雨上がりの、湿った空気の中にいる今。宇野さんと別れた直後ひとり歩いていたときよりずっと、わたしは心が痛かった。
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