理想の結婚
最終話

 一ヵ月後、慌しいサスペンスドラマのような盆休みが過ぎ去り、理紗は日常生活に戻っていた。OLとしての本分を果たしつつ、仕事が終われば同僚の佳織と食事や買い物を楽しむ。帰省中に起こった出来事を佳織に話すと、最初は笑っていたものの後半は顔を青くし、その変貌ぶりが少々おかしかった。
 嘉也の件は親族の起こしたこともあり被害届は出さず穏便に事を運んだ。聞かされたときは甘い処分と思ったが、強制的に出家させられ仏門に入り生涯自由の無い生活になったと聞き安心する。これから送る自分の人生を考えたとき嘉也の恐怖が全く無いと思うと気が楽になった。
 嘉也と付き合っていたとされる麻美も、嘉也の本性を知り愕然としていた。当然ながら別れを選択し、今は新しい恋を捜しているらしい。一方で、千歳と付き合うと言った一輝だが意外なことにあの事件後、一輝は千歳に振られている。一輝からの回答だと千歳との付き合いを決めた理由が、仲良くなり理紗を救うための共闘だったと千歳に知られ、女子のプライドが許さなかったらしい。
 しかし、後々理紗が千歳本人に聞いたところ、あの事件で一輝がどれだけ理紗を愛しているかを実感し、理紗が一輝を想っているかも感じたとのこと。それともう一つ、身近にバカでおちゃらけているけど、良い人がいることに気がついたと言っていた。そのバカが誰かは言われずとも理紗も理解していた。

 神奈川に戻り、平和な日常生活に戻ったものの、今日から二つ大きく変わることがある。一つは八月まで住んでいたマンションを出て、新たにコーポへと引っ越すことになったこと。今日がその引越しの日で、残暑が厳しいさなか引越し作業に精を出す。大きめの荷物は業者に任せ、小物等の梱包を解きカーテンも取り付ける。
 業者が帰ると食器を棚に収納し、衣服もどんどんハンガーにかけていく。黄昏が迫り作業効率を考え、先に蛍光灯の設置に取り掛かる。脚立に上り高い位置の電灯を取り付けていると、背後から倒れないように支えてくれる手が肩に触れる。もう一つの変化が、この支えてくれる頼りがいのある手の持ち主。
「大丈夫? 俺がやろうか?」
「ううん、大丈夫。一人でできるから」
「そっか」
「うん。あっ、なんかこのシーン覚えがある」
「新幹線のときだろ?」
「そうそう、あのときは正面から支えてくれたね」
「正面から支えようか?」
「いいよ、照れちゃうもん」
「照れるって、今日から一緒に住むのにそんなんで大丈夫?」
「仕方ないでしょ? まだ照れが抜けないんだから。なんでカズ君は照れないかな~」
「いや、まあ、俺も照れてんだけど、そこはホラ、男としてあんま情けない姿は見せられないから」
「自尊心ってヤツ? そう言えばカズ君、初彼女だもんね。冷静に考えれば照れは私以上か」
 電灯を着け終えと理紗は脚立から降り、一輝に向かい合う。
「初彼女でいきなり初同棲。正直どんな気持ち?」
「高山病に罹りそうなくらい空気が薄い」
「そこまで緊張する? 表情からは全くそう見えないけど」
「いやいや、ホント、いろいろ考え過ぎて過呼吸寸前」
「いろいろって?」
「ん、まあ、主に夜のこととか」
 素で返され理紗は顔を赤くする。
「まだ夕方なんだから、そういうこと言わない」
「ごめん」
「まあ、私も、全く考えない訳じゃないし気持ちは同じだけど……」
 視線を逸らしながら理紗は答える。
「理紗姉」
「ほら、また理紗姉って言ってるよ」
「あ、ごめん。こればっかは長年の癖が染み付いてて。慣れるように努力するよ、理紗」
「うん、宜しく、カズ君」
 笑顔の理紗を一輝は正面から優しく抱き締める。事件の日に八年越しの恋を実らせた以降、一輝は理紗を宝物のように大事にする。
 親類の一部からは付き合いに対して反対する意見もあったが、これまでの言動や一途に思い続けていたこと、なにより幼少期と今回と命懸けで理紗を守った点が考慮され、渋々と言った具合で認められた。ただし、法律通り結婚できないこと、親類以外に身内であることを告げないこと、避妊をすること等、細かい制約を了承した上での交際となっている。それでも当該二人に異存はなく、その掟に従いつつも幸せに包まれる。
(一ヶ月前、ろくなお盆にならないと思っていた。案の定、嘉也叔父さんの件で人生を諦めそうになるまで追い込まれた。けれど、その事件があったからこそ、こうやってカズ君と一緒になれた。人生ってホント分からないな……)
 引越しの疲労から疲れて眠る一輝の寝顔を見ていると、再び幸せな気持ちが沸き起こり堪らず頬にキスをする。こうなるまでは結婚願望の強かった理紗だが、今回の事件により結婚があくまで書式による契約であることを痛感し、結婚という行為につき本当に大切なものがなにかを知った。
 そして、そのことに気付かせてくれ、与えてくれている一輝に感謝している。描いていた理想の結婚は叶わないけれど、互いの信じる大切なもの守りながら生きていける、そう実感しながら理紗も安らかな眠りついていた。



(了)
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