Love Butterfly

(3)

そのまま一年が過ぎて、俺は就職して、陽子は崇大と籍を入れて、もう、京子のことは、みんな忘れかけてた。そして、京子が消えてから、二回目の秋になったころ、崇大が、嫌なことを言い出した。
「京子、ミナミで、ウリやってるらしい」
いや、そんなこと、信じられるわけがない。確かに、京子は見た目は不良みたいになってたけど、中身は純粋で、俺ともキスしかしたことなかったのに、そんな子がウリなんか、嘘に決まってる。
「先輩から聞いたんやけど、売人やってる、ヤバイ男がおって、どうも、そいつにかわれてるらしいんや」
「どういうことや。なんでそんなヤツに、京子がつかまるんや!」
「それはわからんけど、そいつ、ほんま腐ったヤツらしくて、家出した女とか家に連れて帰って、やるだけやって、飽きたら、シャブ打って、金稼がせてるらしい」
目の前が、真っ暗になった。ウリだけでも、吐きそうやのに、シャブって……万引きで泣いてた京子がシャブって……
「どこにおるんや」
「やめとけ。関わらんほうがええ。後ろには組がおるし、そんなんに手だしたら、こっちが危ない」
「ほっとけ言うんか!」
「俺らにはどうしようもない。ああいうのにつかまったら、もう、一生や」
それでも俺は、やっぱり、ほっとかれへんかった。やっぱり、京子のことが、まだ好きやった。
 どうにか、崇大の口をわって、俺は、京子がよくおるっていう場所に何日も通った。他にも、それっぽい女はおったけど、京子にはなかなか会われへんかった。
 もう秋も終わりかけて、だいぶ寒なったころ、俺は、愕然とした。
 そこにおったのは、京子やったけど、俺の知ってる、京子ではなかった。
「おにいさん、遊んで行かへん?」
京子は、薄汚れた、季節外れのピンク色のワンピースに、濃いギャルメイクで、もう寒いのに、素足にピンヒールを履いて、道行く男に、声をかけてた。
「三万、三万で、なあ、遊ぼうや」
ワンピースから見える足はガリガリで、顔もガリガリで、手もガリガリで、何より目はうつろで、もう、死んでないっていうだけで、生きてる人間の感じは、なかった。
「なんでもするで、なあ、ええやん」
強い風が吹いたら、まるで、消えてしまいそうやった。それくらい京子は、もう、弱々しくて、俺は、その京子を見て、いつのまにか、泣いていた。
「京子!」
俺の声に、京子はびっくりして、あたりをキョロキョロと見た。
「何してんねや……帰ろ。俺と一緒に帰ろ」
掴んだ左手には、でっかいブレスレットがあって、たぶん、傷が残ってるんやと、すぐにわかった。
 何か言いかけた京子は、そのまま黙って、俺の手を解いた。俺の後ろには、ホストみたいな、派手な男が立っていた。
「誰や」
「お客さんや」
「なんや、お客さんかい。ああ、悪いなあ、にいちゃん。ちょっとな、予約済みやねん。よかったら、他の子紹介するで」
男は乱暴に、京子の腕を掴んで、歩き出した。引きずられながら、京子は振り返って、俺を、見た。その目は、助けてって、言ってた。慎一くん、助けてって……京子は、やっぱり、天使みたいな目で、俺に助けを求めていた。
 待てって、言おうとした。京子を離せって、言おうとしたけど、男の行く先には、見るからにやばそうなおっさんが二人立ってて、ホストとなんか喋ってる。後ろには、京子が俯いて立ってて、ちらちら、俺を見てる。たぶん、京子は、今からあのヤクザに売られる。あのヤクザのおっさんのうち、どっちかが、京子を買う。
「慎一、やめとけ」
後ろには、崇大が立ってた。
「あのおっさんは、石田組の幹部や。隣のおっさんも、だぶん、どっかの偉いさんやろ」
正直、俺は、びびっていた。チンピラなんかとは、時々ケンカしたり、喋ったりしたことはあっても、あんな本気のヤクザは、初めてやった。膝はガクガクして、声も、出せんかった。
 情けない。俺は、なんもできへん。ああやって、目の前で、惚れた女が、助けを求めてるのに、俺は、なんもしてやられへん。
「忘れるしかない」
 でも、おっさん二人は、どうも京子が気に入らんかったみたいで、ホストは、奥におった、ちょっと若いヤクザに、売り込み始めた。
 そいつも、たぶんヤクザやったけど、ちょっとおっさん二人とは違って、かなり、男前で、俳優かモデルみたいな感じで、崇大もびっくりしたみたいやった。
 モデルは、京子をじっと見て、京子も、もう諦めたんか、黙って笑って、モデルは財布から、金を出して、ホストに渡した。どうやら、京子はモデルに買われたみたいやった。
「上手いこといったら、どっかの偉いさんに囲われて、ええ生活できるかもしれん」
「そんな道しか、ないんか」
「そうなるだけでも、ラッキーや」
 京子はもう一回振り返って、俺と崇大を見て、微かに、手を振った。たぶん、もう最後や。京子に会うのは、もうこれで最後。俺は、直感で、そう思った。
「帰ろか」
 崇大は俺の肩を組んで、俺は泣きながら、崇大のバイクの後ろに乗った。ふと見ると、季節外れの揚羽蝶が飛んでて、羽はボロボロで、もう、今にも落ちそうなくらい、フラフラと、街灯に、向かって飛んでいく。
 
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