躊躇いと戸惑いの中で
「つーか。俺の分も買ってきてくれよ」
甘えるような声を出す河野。
「えー。また出かけるのヤダよ。それに、これ乾君に渡して少し手伝ったら、私はそろそろ帰らせてもらうから」
「帰るのかよ。この鬼みたいに忙しい最中に、薄情だねー」
やれやれと、河野。
「私も色々あるのよ。だいたい、みんながみんな徹夜で作業しちゃったら、明日まともに動ける人員がいなくなっちゃうじゃない」
「それもそうだな」
「じゃあ、そういうことで。お先~」
「あっ、碓氷っ」
背中を向け立ち去ろうとする私を、河野が呼びとめた。
「うん?」
振り返ると、何か口篭るような感じ。
「何? なんか他に用事?」
「用事っていうか――――。やっぱ、少し手伝っていけよ」
「えぇー、イヤよ。あんまり遅くなったら、お肌によくないでしょ?」
わざと乙女全開の表情で言ったら、ゲラゲラ笑われた。
笑いすぎだから。
「やっぱ良いよ、碓氷」
河野が涙を流して笑っている。
だから、笑いすぎだし。
「碓氷」
「ん?」
「乾に弁当渡したら、すぐに帰れよ」
「え? うん」
そりゃあ、帰るけど。
なんだろう?
首をかしげていると、ポリポリと頭をかいている。
それから、気を取り直したようにいつもの調子に戻った。
「物好きな奴もいるから、夜道は気をつけろ」
「大きなお世話です」
河野の憎らしいセリフに舌を出す。
「新店終わったら、打ち上げで飲みに行こうな」
「もちろんよ。はれて残業から開放された日には、飲みまくりますよー」
「やべー。覚悟しとかねぇと」
私の発言に、河野がクツクツと笑った。