濡れてもいいから
「わかった。もういいよ」

立ち上がった紀美香はお風呂場へ向かう。たどり着く前に視界が涙でぼやけたけれど、泰成に泣き顔は見せたくない。
服を着たまま浴室へ入ると、シャワーを全開にした。
勢いよく出てくるシャワーに、全身がびしょ濡れになる。髪から流れてくるお湯が、涙を洗い流し、シャワーの音が、泣き声を消してくれた。

泰成なんて嫌い。
……嫌いになれたらいいのに。

その時、バン!大きな音がして浴室のドアが開いた。

「いつまでそうしてるつもり?」

胸の前で腕を組んだ泰成が、ドアの柱に寄りかかる。寛いだ姿勢でいるが、表情は目を細めて不機嫌さを露にしていた。

「ほっといて」

「風邪引くよ」

「別にいいんじゃない? 風邪引いたって」

やけになっている紀美香は、泰成を言葉で突き放す。

「出なよ」

「ほうっておいて」

「……出ろよ」

「やだ」

泰成が我慢していた怒りを吐き出すように深くため息をついた。

「……いい加減にしなよ」

「やだ!」

拒絶の叫びに泰成は彼女の前まで動くと、浴室のタイルと自分の体の間に紀美香を挟み、タイルに手のひらを強く打ち付けた。
びくりと体を震わせる紀美香が顔を上げる。その唇を奪うように泰成の唇がおおう。

「ーーーッ!」
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