「任せておいて」と菜々美はハンドルを握った。行き先は菜々美の実家だから、運転を引き受けるのは自然な役割ともいえる。

「将来、暮らすなら、どこがいい?」
「暖かいところかな」
「え、東京の冬は寒くないじゃない? タイヤにチェーンつけなくてもいいし」

 自分ばかりが喋りすぎだわ、と思いながら菜々美は隣をうかがう。
 レンタカーの助手席には江端保孝が座っている。日頃から口数が少なく、端整な顔を崩さない江端は初めてのドライブデートにおいても聞き役で、話を広げようとしない。静かなまなざしで前方を眺めている。
 ふたりで過ごした季節はまだ夏だけだ。
 もし自分が助手席に座ったら、運転する江端の横顔から目が離せないに違いない。
 きっと江端は邪険にはせず、僕の頬に何かついてますか、と笑うだろう。菜々美が江端の外見にも中身にも惚れ込んでいるのを承知の上で、ときどき江端は菜々美をからかう。やはりハンドルを任せなくてよかった。

「地元に帰ると、いつも景色が変わってるのよね」
「楽しみですね」
「いい意味じゃないの。人口は減ってるみたい。私みたいに東京に出るひとが多いのかも」
「なるほど」

 就職して以来、実家に戻るのは年一回、お正月だけになった。
 その度、幹線道路沿いに新しい店がオープンしていて驚かされる。看板を掲げるのは、都会でも見かけるチェーンのレストランばかりだ。一方で、なじみの店がシャッターを下ろし、目印の役目を果たさなくなっている。さびれたガソリンスタンドに野良猫が遊んでいたり、枯れ草に覆われた廃屋を見る度、さびしい気持ちになるのだった。
 菜々美は道路脇の行き先表示に目を凝らした。
 レンタカーに取りつけられていたナビゲーションは旧式で、内容の更新がされておらず、当てにならない。
 高速道路を下り、故郷に近づく。丁字路の県道は、右に行っても左に進んでもやがて山道に通じる。
 紅葉の見頃にはまだ早い。とはいえ常緑の背景に絵の具を落としたように、色づいた木々もちらほらと見受けられる。

「こっちでよかったはずなんだけど」
「一旦停まって確認します? あ、今、コンビニありましたよ」
「大丈夫。走ってれば、どこかに着くでしょ」
「それはそうですが、そもそも方向はあってますか?」

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