手の届く距離
10cm

北村祥子:肉食男子のアプローチ


いつだって、最初のデートでは緊張するもの。

店のリサーチをしたり、情報誌を片っ端から当たったり、同級生たちに冷やかされながらも、ありがたい口コミを頼ってみたり。

もちろん晴香情報も、漏れなく頂戴して。

久しぶりの感覚に照れくさくなりながら、嬉しさのあまり緩んでしまう頬を手で覆って隠す。

一人でニヤニヤしている女は不審だとは思うが、押さえられないものは仕方ない。

会う約束はできたけれど、広瀬さんの仕事終わりに、なので時間通りにこれない可能性のほうが濃厚だ。

念のため長時間でも粘れる喫茶店での待ち合わせにしておいた。

それにも関わらず、約束した時間の30分以上も前に到着してしまい、さすがに店に居座るには早すぎてUターンする。

家を出る時間で早く着きすぎるのはわかっていた。

それでも、元々気が短いのもあって、いても立ってもいられなかったのだ。

悩むなら、考えながら行動。

頭より体が先に動く。

恋愛がらみになると途端に変なブレーキが掛かるのは少しずつ克服していかなければならないところ。

幸い、冷やかして回る店には事欠かず、時間をつぶすことは容易だったが、その間も時計と携帯を何度も確認してしまい、正直、買い物にはちっとも集中できなかった。

時間通りに来れないとは思っていても、5分前には紅茶を片手にカウンター席に腰を落ち着け、広瀬さんからのメールを確認する。

広瀬さんからの新しい連絡はない。

『北村君、お誘いありがとう。楽しみにしています』

一語一句間違えずに暗唱できるくらい繰り返し読んだ。

広瀬さんに送ったメールは悩みに悩んだ末、シンプルに二人でご飯を食べに行こうというお誘いのみ。

シンプルなメールにはシンプルな返事で、詳細も聞かず、二つ返事のこのメールをどう捉えるべきか少し悩むところ。

しかも、メールをした後も、デートが決まってからも、店で顔を合わせたときの顔色が変わらない広瀬さんにヤキモキする。

視線を落とした先に映るタイトスカートとパンプスは、あれこれタンスの中をひっくり返した中の選抜メンバーだ。

ペタンコパンプスでは色気が足りないが、多少店まで距離があったとしても無難。

すでに30分近く歩き回っているので、選択はあながち間違いなかった。

ガラス張りの店からは急ぎ足で通り過ぎていく人たちが増えていくのが見える。

ラッシュに突入して、人は増える一方。

人ごみの間から、広瀬さんの姿が現れるのを待つが、今のところ携帯にも連絡がないので、仕事のキリもついていないと考えるべきだろう。

喫茶店待機作戦も残念ながら大成功を収めそうだ。

歓迎会の時、額にふわりと触れた熱を、思い出して自分で額に触れる。

実は、晴香があまりに騒ぐので言いそびれた進展もあったのだ。

< 70 / 117 >

この作品をシェア

pagetop