手の届く距離
「ごめん、川原。本意ではないと思うけど、もう2人だけの問題じゃないと思うんだよね。由香里もちょっと病んでるっぽいし、由香里のことは私に任せて。川原は動かなくていいから」

「病んでる?」

俺の携帯から目を放さないまま、祥子さんは少し険しい顔をする。

都合よく好き勝手している由香里が、弱ってるなんて想像もしていなかった。

詳しく聞こうと机に乗せた俺の手は晴香さんに握られる。

「じゃ、優しい後輩君は私が癒してあげるわぁ」

「晴香さんじゃ癒されません。離してください」

「わ、生意気ぃ」

しなを作って見せる晴香さんにお断りの言葉とともに、握られた手を振って離してもらう。

遮られた由香里の話を聞くべく、ストローに食いついた祥子さんに体を向ける。

「祥子さん、由香里どうしてるんです。調子悪いんすか」

「五月病っぽいんだよねぇ。たぶん川原が関わると、悪循環になる気がする」

突然こなくなった連絡は躁鬱のような状況でこなくなったのかもしれないと不安が過ぎる。

「祥子さん、昼から突然連絡こなくなったのって、鬱とか、自殺とか・・・」

「あーそれも、たぶん私が原因。私のほうにはメール来てるから安心して。うん、やっぱり任せて」

「何で先輩と・・・」

取り合えずの生存確認と事件や事故の心配も考えなくていいことには安堵するが、突然の方向転換には疑問が残る。

俺の後に由香里と話をして、すでに手を打っているというのは早すぎだ。

「要はね、由香里と私の関係は壊れてないの。だから、私の都合で由香里に関わるだけ。二人の間は取り持てないけど、元カノ守るかっこいい川原も見たから、これからは私が由香ぴょんを代わりに守ってあげるよ。二人とも大事な後輩だもん。こういう時は遠慮なく先輩を頼りなさいって」

俺とは関係なく、由香里との関係で祥子さんは由香里と接触しているだけで、俺のためではない。

だから、祥子さんは祥子さんで動いている。

鮮やかな手腕と心意気に安堵の笑みが漏れる。

「こういう時の祥子さんは、めちゃめちゃ男前っすね」

「祥ちゃんって自分のことじゃなければ男前よねぇ」

同じ意見になった晴香と目が合うと、思ったことは一緒だと思った。

祥子さんは、自分のことになるとひどく臆病で奥手なのに、人のことになるとすばやく動けるのだ。

「それって褒めてんの?けなしてんの?」

詰め寄ってくる祥子さんには当然褒め言葉だと伝え、反撃に出る。

「その意気で、広瀬さんとうまくやってるんすか」

言葉がつかえた祥子さんは、お冷を口にして時間を稼ぐ。

「川原には報告義務はありません」

話を回避する祥子さんの顔を、晴香さんが両手で挟んで追撃する。

「私にはあるでしょ、祥ちゃん」

晴香さんは敵に回すと恐ろしく面倒な人だが、味方にいる分には強力だ。

「別に今じゃなくっても」

「今聞きたぁい」

晴香さんの手から逃れようとする祥子さんが、先ほどまでの自分の状況と同じであるのを見て苦笑する。

自分が陥ると辛いが、人のことを見ている分には気楽だ。

しかも祥子さんの話なら、大いに気になる。

例え、祥子さんが広瀬さんをデートに誘った話だとしても、また刈谷先輩の時のように応援するだけ。

電源を入れても着信を知らせることのない携帯を眺めてようやく、喉の渇きを覚えてカフェオレに手を伸ばした。
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