「…本当に、来るのかよ?伊達大先生は」

「分からない」

「何だそれ」

「え~?ここまでお店準備して、すっぽかされたら悲しいですよねぇ」


両隣を挟んで交わされる二人の会話に、身を切られる思いなのは他ならぬアキ本人だ。


伊達に対する接待場所として準備されたのは銀座の一等地。知る人ぞ知る割烹料亭、らしい。


その、一番奥。
いわゆる接待場所として多用されている8畳の和室に、彼女らはいた。


中野、アキ、そして綾子の三人は、編集長の独断と偏見による接待部隊に選ばれたわけである。


そこへ並べられたふかふかの座布団にきっちり正座して、伊達を待つ。

編集長はそのお迎えで、この寒空の下で料亭の玄関口に立っている。



靴下で滑ったら思い切り転ぶんじゃないか、というほどにツルツルした畳。
和室中央にデンと構える大きな木のテーブルは、節を見ると樹木をまるまる一本使った品物のようだ。


「でも私、こういうところ来たことないので勉強になりますー」


綾子は、接待であることをそう重く受け取らず、目の前に広がる高級な佇まいにはしゃぐ。
編集長も大分はりこんだな、と中野が続ける。


「まあ、最近は経理が厳しいから、なかなかこんな高い所で接待出来ないもんなぁ」


アキの『制作現場の取材の代わりに、別企画を提案する』という目論見は、
今や一周回って彼女の腹部にダイレクトアタックをかましていた。




…胃が痛い。



人とそう関わりたがらない伊達が、接待なんて受けるはずもない──

アキの熱心な主張すら、編集長には届かなかった。


代わりに「だーいじょぶ!俺がうまく話すから」と、やたら勢いよく親指を突き出すだけ。



胃が、痛い。


約束の時間に近づく度、まるで自分の胃を洗濯板でゴシゴシ洗うように、胃痛が激しくなっていく。


編集長の算段では、今夜8時からの接待をし、その後二次会として伊達を銀座のバーへ連れていく。

そのどちらかの店で、絵を1枚描いてもらうように話を持っていくとのことであったが…。





「…本当に来るのかな…伊達さん」


アキはぼやいた。これで今夜24回目のセリフだった。


編集長の目論見は、まず第一に『伊達が接待に顔を出す』という前提が無ければ何一つ成り立たない。

そう、まず初めに伊達がこのお店に来なければ始まらない。


あの「人と関わらなくて済むから」という理由でイラストの受注を受けていた伊達が

ここに

今、この時間にここへ来なければ、全ての計画はとん挫するのである!





「…ねえ、中野くん。胃薬持ってない?」

「は?何言ってんだよ。もう8時になるぞ」


「先輩、大丈夫ですか…?」綾子がアキの顔を覗き込む。


「だめ、吐きそう」

「吐くな、飲み込め!」


和室と廊下を隔てている障子戸が、アキの鼓動に同調するように揺れ始めた。


廊下を勢いよく歩く足音。


しかも、二人分。






「やあやあ、伊達先生!わざわざご足労申し訳ありません」


言いながら、勢いよくガラリと障子戸を開けたのは、にやけ顔の編集長と

伊達圭介だった。


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