オレンジロード~商店街恋愛録~


「おう、サリーちゃん。今日もピチピチして、べっぴんさんじゃのぉ」


ぶん殴ってやろうか、エロジジイ。

沙里は内心で悪態をつきながらも、口元を引き攣らせながらどうにか「あはは」と笑ってやり過ごした。




遊んで過ごした大学時代、就職活動が面倒でたまらなかった沙里は、「おばあちゃんのことが心配だから」なんて調子のいいことを言って両親を説得し、祖母の開いたブティック『ビーナス』の手伝いを始めた。

確かに老齢の祖母を心配する気持ちはあったが、反面で、仕事は楽そうだし、身内ということもあって色々と融通がきくだろうなんて甘い考えも多いにあった。


が、いざ手伝いを始めてみたら、それはまったくの誤算だらけだったのだ。




まず、お客が少ないから売上も少ない。

売上が少ないということは、必然的に沙里の給料も少ないということで、生活費を除くと遊べるお金なんてほとんど手元には残らない。


っていうか、遊べるお金があったとしても、この商店街には仲のいい人なんてほとんどいないし、それ以前に遊ぶような場所すらないのだから。


おまけに祖母は、沙里が手伝いを始めてすぐ、これ幸いとばかりに「腰が痛い」だの「首が痛い」だのと、まるで子供の仮病みたいな言い訳をして、店に顔を出そうとしなくなった。

すべてを体(てい)よく押し付けられたおかげで、めんどくさいからさぼる、なんてこともできなくなった。



愚痴なら他にも山ほどある。



沙里は大学時代、キャバクラでバイトをしていたこともあり、今でも自分の見た目にはそれなりに自信があるし、客慣れしているという自負もある。

しかし、この商店街では、そのスキルはまったく活かされることはなく、道行く暇そうなジジイに『サリーちゃん』だの『マドンナちゃん』だのと呼ばれ、セクハラ発言と共にゲラゲラと笑われるだけ。


百歩譲って『サリーちゃん』はまだいいが、『マドンナちゃん』って何だ。



昭和過ぎる呼ばれ名は、恥ずかしすぎて嫌でたまらない。



カレシでもいればまだ、仕事だから仕方ないよね、なんて笑って愚痴を言えるのかもしれない。

だけど、この商店街で一日の大半を過ごしていると、出会いもなければ出会う場所もなく、時間もお金もないという現実に、もはや沙里の心は折れまくりだったのだ。


27歳にもなって、地元の友達は着実にキャリアアップしていたり、結婚して子供が何人もいたりするっていうのに、あたしは一体何をやっているのだろうか、と、毎日思うことを、沙里はまた今日も思った。

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