結婚前夜ーー旦那様は高校生ーー
「できた」

 両手の指先でパールが輝いている。ここ数ヶ月はバタバタして爪の手入れを怠っていた分、うっとりと両手を伸ばす。夏帆の隣で、メッセージカードをウンウン言いながら書いていた悠樹が振り向いた。
「おぉすげー」
 まだ触っちゃダメだよ、とミドリに釘を刺される。悠樹の腕の下にあるメッセージカードを覗き込むと、ちょうど両親に宛てた分だった。
「書けた?」
 悠樹はハッとしたように手で隠す。
「だめ、見んな」
「だって、最後に私も書き足したいし」
「そんなスペース無いよ」
「え、全部埋まったの?」
 あんなに書くこと無いって騒いでたのに。意外な思いで尋ねると、悠樹はカァッと赤くなった。普段あまり見ない照れた顔。こんな表情をするとやっぱり子どもだなぁと思って、勤めていた会社の男たちより細い首や鎖骨の線に目がいく。

「俺、ちょっと練習してくる」
 照れ隠しか、勢いよく立ち上がって悠樹は居間を抜けてスタスタと和室に向かった。和室のガラス戸を明けて、ひらっと庭先に出る。
「練習って」
 ネイル道具をしまいながらミドリが尋ねる。
「新郎の挨拶とか?」

 夏帆は微笑んで首を横に振る。振り返ると、庭先でいつものストレッチをしてる悠樹の後ろ姿が見えた。ストレッチだけで最低二十分。特に手首と足首を重点的に。見ている間に覚えてしまった。

 悠樹の上半身がぺったりと芝生に付く。ダンスって、ネイルと同じだ。細かく繊細な作業を何度も行って、やがてひとつの美しい形になっていく。

 悠樹が立ち上がる。薄い体を包み込むように、干したシーツが白くはためく。春の陽射しを受けて思いのほか強く光るそれは、少年を鼓舞する旗のようだった。
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