清掃員と経営者
記憶がない
「はぁ〜。」
ここに来て何度目の溜息だろうか。
溜息の後、アルコールと一緒に出されたピスタチオの殻を剥き口へ放り込む。
***************
『俺、彼女の事裏切れないから…』
『あ…うん。』
『ごめん…。』
何故こんな会話になったのか瑠美は振り返り考える。
そもそも付き合ったつもりは無かったし、まして彼女がいたのも知らなかった。
会社帰りにエレベーター前で声を掛けられ、親しい訳では無いが会話をする事が増えた。
アドレス交換をしてメールで些細なやり取りもあった。
好きなのか?と問われれば、嫌いではない。俗に言うLOVEとLIKEの違いみたいなモノ。
でも周りはそれを酷い事だと噂を立て、居づらくなった挙句たまたま契約更新時期と重なり、継続の意思無しと上司に伝え期間満了円満退社を選択した。
運が悪いのか、タイミングが悪いのか、男を見る目がないのか、色々考えながらお酒を呑むと水の様にスルスル喉を通っていく。
その様子を何席か離れた場所に座っていたスーツの男性が見ていた。
「お一人ですか?迷惑でなければご一緒しませんか?」
「…連れが来る予定なので。」
勿論、待ち合わせではないが、そんな気分になれず断った。声を掛けてきた男性は小綺麗で紳士的…風。
瑠美が少し酔った口調で断ると、あっさり身を引いた。