薬指の秘密はふたりきりで

でも紗也香には、ついこの間、営業部にいる素敵な彼が出来たばかりなのに。

それに。


「これから行くの?もう遅いじゃない」

「遅いから、いいんじゃないですかぁ。目の保養ですよ。先輩も上質なイケメン君を見れば、疲れもイライラも吹き飛びますよ!」


なんて。

紗也香にとって、疲れを癒すのは恋人の役目ではないらしい。

そりゃあ私だって、少しは、上質イケメン君に興味はあるけれど、それよりも、今夜は早く帰りたいと思う。

メイクを落としてゆっくりしたいのだ。

28歳、アラサーなんだもの、24歳の紗也香みたいに艶々ぴんぴんの肌じゃないのだ。

ここ連日の残業疲れで荒れてて、手入れして休ませなきゃ、あっという間に小じわ予備軍ができてしまう。

ただでさえ、吹き出物とか出来やすい厄介な肌質なのだから、これでも気を使ってるのだ。


「ん、今日はやめておくわ。お財布もピンチだし。また誘ってよ」

「そうですかぁ。財政事情が侘しくちゃしょうがないですね。残念です。じゃそこは、またの機会にしましょう」


紗也香は、締め業務からの解放感を味わいたいらしく、じゃあ違うところに行きましょうって、安い居酒屋へとしつこく誘ってくる。


「今夜は、紗也香も早く家に帰った方が良いよ。明日も平日で通常業務なんだからね」

「えー、わかりましたぁ。じゃあ、もういいです」


諭すように言った私を見て唇を尖らせた紗也香は、心底残念そうに肩を落とす。

ふんわりカールの長い髪に、ぱっちりとした大きな目。

こんな風に拗ねた表情も可愛らしいから、この子は男性社員に人気があるんだろうな。


つんとそっぽを向いて、しかたない彼を呼ぼうかな、なんて呟きながらスマホを弄る紗也香と別れ、私は家路を急ぐ。


なんというか、体力があるって言うか。

若い頃ってあんな感じだったっけか。

疲れを知らないなんて、ちょっぴり羨ましいかも。


「・・・彼、か」


電車に揺られながら、窓の外を流れていく家々の明りをぼーっと見る。

亮介は、今頃、何してるかな――――
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