大きな河の流れるまちで〜番外編 虎太郎の逆襲〜
第3章 晩夏

花火大会の日

翌日、ソファーの上で、ひとりで目が覚めた僕はあやめが隣にいないことを残念に思った。
ナナコが、僕に
「鷹人達のこと、みんなあやめちゃんに任せてゴロゴロしてなかったでしょうね。」とお小言が始まる。僕は首をすくめ、シャワーに逃げ込んだ。
ランニングから戻ったリュウとすれ違う。(リュウは毎朝プライベートビーチのランニングコースを走る。)リュウが、僕を呼び止め、
「チビ虎、医師になるって決めたのはあやめの為?」と聞く。僕は、横に首を振り、
「どっちかって、言うと、リュウのせい。リュウが楽しそうに仕事してるの見てたせいかな。」と言ってやる。
「俺のせいねー。」と笑う。責任とって、いつまでも楽しそうに仕事しといてくれ。いつか絶対に超えてやる。その時の顔はお楽しみにとっておいてやるからな。と心の中で呟いておく。リュウは涼しい顔で、通り過ぎ、
「ただいま、ナナコ。」と汗だくの身体で、ナナコにキスをし、嫌がられている。

3日後。僕らの最後のよるだ。(あやめと僕だけ明日の朝の飛行機でで日本に帰る。)
今日の夕飯はバーベキューだ。ホテルの庭には自由に使えるバーベキューコーナーがある。ナナコお手製のたれに浸かったスペアリブがいい匂いをさせてくると、毎年顔を合わせる家族達が集まってきて、大掛かりなバーベキューパーティーになるっていうのが、恒例行事だ。
今回はスミス氏もやってきたみたいだ。僕らも挨拶する。君の2組の両親をとても好きになったよ。君達も、いつでも遊びにおいで。僕の別荘をいつでも用意するよ。と、微笑んで、握手をした。
僕はあやめを目で追う。あやめのさらりとした長い黒髪や、一重の大きな黒い瞳は若いヤツらの注目の的だ。あちこちで捕まって、話しかけられている。僕はちょっと、腹が立ってきてあやめの救出に向かう。僕が側に立つと、明らかにホッとした顔をしたので、腰に手を回して、エスコートしながら、周りにいる男どもに僕の立場を明確にする為、あやめの額に唇をつける。去年まではあやめの救出は、壮一郎さんや、リュウの役目だった。でも、今年からは僕が引き継ぐ。あやめを連れて、家族のテーブルに座ると、うちのオトナ達が、少し、驚いた顔をする。リュウが目の前にどっかり座り、
「ふーーん。そういうこと?」と僕達をジッと見る。あやめは、赤くなって、うつむいたが、僕はリュウの顔をちゃんと見て、
「あやめのこと、真剣に考えてる。」と言った。すると、リュウの後ろに立っていた壮一郎さんが、
「わかった。あんまり、泣かせないようにしてくれ。」と認めてくれた。桜子さんはあやめの頭を撫で、あやめに何か囁いている。リュウは「俺は、まだ、認めた訳じゃないぞ。お前がどんなオトナになったか見極めてからだ。あやめは大切な俺たちの1人娘だからな」と不機嫌そうに顔をしかめた。まあ、そう言われるのは分かっていた事だ。僕は
「認めてもらえるよう、努力する。」とリュウに言った。ナナコが大皿にいい匂いをさせた肉や野菜を運んでくる。ナナコが
「あなたたち、ちゃんと、手伝って、」とリュウと壮一郎さんを追い立てながら、僕と、あやめを振り返って、にっこりする。ナナコはいつだって、子どもの味方だ。
賑やかにバーベキューは終わった。後かたずけを手伝って、部屋に戻る。
明日はあの町に帰る。また、いつもの日常に戻る。あやめは受験勉強に精を出し、僕もリハビリと、勉強に明け暮れる。
僕は、あやめと、バルコニーから見た海に沈む美しい夕陽や、プールサイドからみた空の青さを何度も思い出すんだろう。
「おやすみ」とあやめの額に唇をつける。リュウのひやかす口笛は無視して部屋に戻った。
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