冴えない彼はメガネを外すとキス魔になります!
カフェバー『246』



カフェバー『246』は、今日子と私の行きつけのお店。というよりは、私達同期の行きつけ。


私が成二と別れてから行きづらいと少し距離を置いていたけど、マスターが寂しがってるよと今日子に引っ張って来られてから、また足を運ぶようになっていた。


成二に逢うかもしれないと思うと少し憂鬱だったけど、『246』が大好きな場所だったから、また来られて嬉しい。
『246』の扉を開けると、R&Bやソウルミュージックなんかが流れていて、心地良い空気に包まれる。


「お、いらっしゃい」

マスターが私達を見て優しく微笑む。
この間、55歳にして初孫が産まれたと目尻が下がり過ぎというくらい喜んでいた時と同じ優しい笑顔。


「めずらしいね、夏希ちゃんたちと進藤くんが一緒なんて。」


「あれ ?!」


私達は進藤が『246』に来るのは初めてだと思い込んでいたから、マスターと顔見知りと知って少し驚いた。



「僕、異動になって、今、正野さんたちと同じ部署なんです。」


「ああ、そうだったのか。異動になったのは聞いてたよ。」


マスターが誰に聞いていたのかはわからないけど、どうやら進藤は『246』に良く来ていたようだ。


「なんだ!ここの店知ってたのね」


マスターに案内された4人席には私と今日子が並んで座った。
お姉様を二人、目の前に少し緊張した面持ちの進藤が座りドリンクのメニューを私達に渡そうとしていたけど、


「とりあえず、ビールでしょ!」

と、メニューも見ずに今日子はマスターに声をかけた。



「じゃ…僕も一緒で」

慌てて進藤も同じものを注文した。

乾杯をして、空腹を満たし、だんだんとまったりし始めた頃、


「でさぁ、どうよ、仕事慣れた?」


今日子はお酒が入ると、まるでおじさんのように進藤に絡む。
私はそれを見て笑ってる。



「そうですね、何となく流れは掴めて来ました。
ただ、まだ細かいところまでは…」


「だよね…まだ移って来てから一ヶ月だし。あっ、トイレ!」

と、今日子は急にトイレへ立ってしまった。


「慌ただしい人ですね。」


進藤はニコニコしながら、今日子が立ち去っていくのを見ていたけど、すぐに視線が私の方に戻って来た。
けれど私はぼんやりと頬杖を付いて目を閉じてしまう。
だって今流れてる曲に心奪われたから。


目を閉じていてもわかる視線に気が付いて、目をそっと開けた時、進藤と視線が絡み合った。
同時に進藤の頬が赤く染まり、うつむくように視線をそらした。


どうした?進藤?!


しばらくするとまた進藤と目が合う。
私はそんなことは構わず、流れている曲に耳を傾けていた。
思わず「やっぱり、好きだな…」とぽつりと呟いてしまった。


「えっ?」


と進藤が驚きながら私を凝視する。
私は我に返って自分が発した言葉が、進藤を混乱させることに気が付きすぐに弁解。


「あっ、この曲のことね!」


店内にはアメリカのR&Bミュージシャンの歌が流れていた。
進藤は急に目を輝かせ

「夏希さん、このミュージシャン、好きなんですか?!」


「進藤も?!!」


「僕、姉の影響でソウルミュージックとかR&Bとか良く聴くんです。
このミュージシャンも大好きなんです。」

こんな進藤を初めて見た。
仕事の時とはまったく違う生き生きとした表情。
なんだ…可愛いじゃないか。


「先輩に初めてこのお店に初めて連れて来て貰ってから、
すぐに気に入っちゃって、ひとりでも良く来るんですよ。」


「だからマスターと顔見知りだったんだね。」


「夏希さんも常連みたいですね。」


進藤のその言葉に胸が少しだけ痛んだ。
『246』は成二とも良く来た店だったから。
私が返事にためらっていると


「なに話してるのー?!」

と、勢い良く今日子がトイレから帰って来て進藤の首に腕を巻き付けた。


「やめて下さいよ。友永さん!ちょっと!」


進藤の顔を見ると、さほど私の返事を気にしている様子もなく今日子にやられっぱなしだ。


トイレに行く前は向かいに座っていたのに、帰って来たら隣に座ってしまった今日子を見て進藤は苦笑いしていた。


酔っぱらって進藤にやたら身体を密着させ、からかっている今日子。
その度に、身体を離そうと必死に抵抗している進藤。
その二人のやり取りを大笑いしながら見ていた。
素直に笑ってる自分、久しぶりだな。





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