エリート医師に結婚しろと迫られてます

デパ地下を一回りして、ビーフシチューを買った。
正確に言うと、買った店は、二件目のデパートだけど。


ビーフシチューに思い当たるまで、売り場をぐるぐる回っていた。

お店の人に、シチューなら残っても私の家に持って帰って、食べればいいと言われて決め手になった。やっぱりプロに聞くべきだ。


私は、買い物袋を下げ、マンションのエントランスを通り抜けた。


エレベータに乗り、森谷さんの部屋の階で降りる。


もうすぐ30才の声を聞こうというのに、こんな小説によくあるような、
ベタなシチュエーションも初体験だ。



事前に美月の雑誌を見てきた。
彼のお宅訪問特集。


NGな行動に気をつけよう。
身だしなみチェックは、必須。
NGなお土産。


そんなの見てたから決まらなくなったんだ。


降りてすぐ彼の部屋の前に、春用のピンクのコートを着た人が立っているのがわかった。
エレベータのドアが開いた時に、彼女がこっちに駆け寄ろうとして踏みとどまったとき、相手の顔が見えたから。



ライバル女出現、私はぎょっとする。

そんなこと、雑誌には一言も書いてなかった。



「あなた、この間の…」
ピンクのコートの襟元を押さえながら、彼女が言う。

彼の部屋を訪ねるっていう、同じシチュエーションの小説も何冊か読んだけど、いきなり恋敵と鉢合わせするのは、なかったな。

もしかして、初心者にはハードすぎるんじゃない?

森谷さん、ちゃんと初心者でも対応できるように考えてよね。


「今晩は…」

中に入ろうにも、彼女が森谷さんの部屋の前にベッタリ張り付いて、どこにも行きそうにない。

「あの…三原さん?」今日は寒いですね?なんてのは変か。

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