イケメン御曹司に独占されてます

耳元で響いた声がとても優しくて、何故だか懐かしい気がする。
そのままそっと胸に抱かれて、池永さんの手が背中をトントンと叩いた。


「犬が……」


そうだ。夢の中で、私は犬に追いかけられていた。工場跡に住み着いていた野犬が、突然私に襲いかかってきたんだ。
夢中で逃げて——それで、あの有刺鉄線の隙間を抜けようとして——。


よみがえってきた痛みと恐怖で、私の感情がまた大きく揺れる。うっかりするとまた涙がこみ上げてきそうで、息を止めて必死に耐える。


「萌愛、無理しないで。泣いていい」


池永さんの優しい声が、私の体を包む。池永さんらしくない、余りにも優しいトーンに、せき止められていた涙腺があっという間に決壊する。

とめどなく流れる涙が頬を滴って、嗚咽するように泣きじゃくった。
まるで小さな子どもが、迷子の末にようやくお母さんに出会えた時みたいに。

池永さんは私の頭を抱きかかえるように抱きしめて、髪に頬を寄せる。
薄いシャツから伝わる温もりが恋しくて、その広い胸に顔を押し付けた。


「よつ葉のクローバーを探したくて……っ。だけど私が怪我をしたから、源兄ちゃんとターくんが皆にすごく怒られて……っ」


その後、ターくんには会えずじまいだった。
あの時私が見つけたはずのよつ葉のクローバーは、一体どこへ行ってしまったんだろう。
そうだ。あの日、月明かりの下で私は見つけた。まるで奇跡のように、魔法のよつ葉のクローバーを。


「ちゃんと受け取ったよ。だから萌愛のお陰で強くなれたんだ」


本当に? ターくんの願いは叶ったの?
何かを探して彷徨っていた私の指が、広い背中に回って無意識にシャツを掴む。
それに応えるように、池永さんの指が優しく私の背中に滑り落ちた。


ふたりの息づかいだけを感じる暗闇の中で、互いの手のひらが触れる。

そうしているうちに、私を苛(さいな)んでいたイメージはどこか遠い彼方へ、消え去ってしまった。

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