アラビアンナイトの王子様 〜冷酷上司の千夜一夜物語〜



「じゃあ、此処で」
とマンションの下で那智は遥人に手を振る。

 遥人は車で、那智は電車で行くのだ。

 此処から会社まで、たいした距離ではないので、他の通勤途中の人に見つかる可能性も高い。

 別に動いた方がいいとわかっていた。

 遥人は物言いたげな顔をしたが、那智は笑顔のまま、
「行ってください」
と手を振った。

 駐車場に行く遥人の背を見送ったあとで、駅に向かい、歩き出す。

 なんかもう……嬉しかったり、切なかったり。

 毎日、感情が忙しいな、と思っていた。

 遥人の車が横を通り、手を振った。

 遥人はちょっとこっちを見たが、相変わらず物言いたげな顔をしたまま、笑わなかった。

「あーあ……」

 那智は小さく声に出して、溜息をつく。

 気持ちを切り替えるためだ。

 お前からは、のんびり生きたいという強い意思を感じる、と遥人は言った。
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