籠姫奇譚

娑婆に出たいと思ったことなど、この廓へ来た時から一度もない。


それに、廓を出ていった姐女郎は、ほとんどが帰らぬ人となっていた。

かつて姉と慕った、籠姫の珠喜(たまき)も、今では便りが途絶え、消息がわからない。

最初は何通も、幸せそうに綴られていたのに。


「珠喜姐さん……」


娑婆に出れば、変わってしまうのだろうか。


「あげは!支度したら降りといで!」


階下で女将のしゃがれた声が木霊する。

気分は陰鬱なものだったが、客のご機嫌を損ねるといけないので手早く荷造りを済ませる。

長い間、この部屋で生活してきた。

甘い香の薫り、古い鏡台、使い込まれた琴。

全て、好きだった。

まだあの人が隣に居るみたいで、安心できた。


「さようなら、姐さん」


それだけ呟いて、あげはは部屋を後にした。


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