先生、ぼく死にたいんですが
絶望、そして明日(みらい)へー。
 3月に入り、少しずつ暖かくなってきて、春の足音が聞こえ始めてきた頃、村上裕介は市内にある病院の精神神経科を訪れていた。まだ10時前だというのに、すでに何人かの人が待っている。
「では、ここにかけてお待ちください。お待ちいただく間、こちらの問診票の方にご記入お願いします」
「はい」
裕介の声からはまるで生気が感じられない。看護師から安っぽいボールペンと、バインダーに挟まれた問診票が手渡される。しかし、裕介の手はペンを持ったまま微動だにしない。顔もうつむいたままだ。
「村上さーん。村上裕介さーん」
 しばらくして、裕介の名前が呼ばれた。裕介はゆっくりと立ち上がり、診察室へと歩を進める。途中、他の患者とぶつかりそうになるが、辛うじて避ける。前が見えていないようだ。
診察室へ入ると、人の良さそうな、40代半ばぐらいの男性が座っているのが視界に入る。裕介を笑顔で出迎える。白衣にかけられた名札には松岡と書かれている。
「こんにちわ。裕介君」
裕介は返事もせず、黙って松岡の前にある丸椅子に静かに腰をかける。
「今日はどうされ―」
「先生」
松岡の言葉を遮るように、裕介が口を開く。顔はまだうつむいたままだ。
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