リナリア
演技とそのまま
カメラのファインダーを覗くことが、小さな頃から好きだった。だからこそ、ミラーレスの一眼レフは好きではない。そして何より好きなのは、シャッターを切る音だった。デジタルになってよかったことといえば、SDカードのメモリがなくなるまでは無限にシャッターを切ることができることくらいだろうか。本当はフィルムのカメラも好きだ。今はなかなかモノクロの写真を現像することはできていないけれど。

「名桜(なお)!何やってんの?」
「…桜が散るなぁって。」
「入学式には大体散ってるよな。少しだけ残ってるけど。」

 名桜はカメラからゆっくりと手を離した。首に少しだけ重みがかかる。

「七海(ななみ)と蒼(あおい)はどうしたの?」
「部活帰りだよ。」
「丁度七海に出くわして、んでお前がふらふらしてんのも見つけたから。」
「あー…そっか。土曜でも剣道部、吹奏楽部はあるもんね。」
「写真部はないよね?」
「どーせ名桜の場合は自主撮影だろ?」
「散り際は、練習に丁度いい。」

 4月の第二週。入学式も始業式も終わった今。高校2年としての日々が始まったばかりだった。しかし高校2年なんて、何の代わり映えもしない。劇的な変化なんてない。だが、景色は変わる。土曜正午のチャイムが鳴る。チャイムで名桜ははっと我に返った。

「まずい…!お父さんの仕事に呼ばれてた…!」
「急ぎなよ!」
「気ぃつけろよ!」

 七海と蒼の言葉を背に、名桜は走り出した。幸いそこまで遠くはない。お昼を食べる時間はないかもしれないが、1時の約束には間に合う。

「…ったく、売れっ子カメラマンってか?」
「お父さんもカメラマンだしね。今日は誰を撮るんだか…。」
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