イジワル同期とスイートライフ
Tシャツに押しつけられた顔が、彼の呼吸と一緒に上下する。

窓の外で、鳩の鳴き声がする。

肩を抱く、温かい手。


どうしよう、と途方に暮れた。

これ、幸せだ。





明日の早朝に到着したら、すぐに仕事なんだそうで、久住くんはスーツ姿で飛行機に乗るらしい。

聞いただけでくたびれる。

出国ゲートの前での別れ際、バイバイと手を振ろうとした私の顎に指をかけると、上を向かせて唇を合わせた。



「気障」

「それっぽいだろ?」



にやっと笑い、ゲートに向かう。



「気をつけてね」

「サンキュ」



ビジネスバッグひとつだけの身軽な姿が、あっさりと壁の向こうに消えるのを、しばらく見守った。

それっぽい、ね、確かに。

別れを惜しむ恋人たちってところか。



「やっぱり詐欺アイテムだなあ」



電車の駅に直結している階を目指しながら、ひとりごちた。

スーツはずるい。

私に殴られるまでゴロゴロし、姉に遊ばれて赤くなっていた人とは思えない。

店員さんに食事をオーダーしたり、手に持ったフォークをちょっと止めて話しだしたり、そんな些細な仕草が、いちいち様になって、これから戦線に出る男の人特有の、緊張感と高揚をまとっている。

そういうときの久住くんは、気を抜くと見とれてしまいそうになる。


全部スーツのせいだ。

もしくは、私がどうかしてしまったせいだ。

たった三泊の出張くらいで。

早く帰ってきて、って口走りそうになるなんて。



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