どうしてほしいの、この僕に
「そう、彼の実家」
「い、いや……訊いてみたけど『過去は捨てた』と言われて……」
 私はスプーンを持ったまま、心もち身を引いた。雑炊で温まったはずのお腹から急速に熱が消えていく。
 姉が目を細めて私をいたわるような表情をした。それが憐みのようにも見えて不意に泣きたくなる。
「彼はうちの両親のことを知っていたわ」
「あ、うん。……お姉ちゃんが話したからでしょ?」
「違う。彼は最初から知っていたのよ」
「最初?」
 どういう意味だろう。頭の中にいくつかの情報と予測が浮かんでは消えるが、どれも確信の持てるものではない。
 急に姉は席を立ち、ソファの脇に置いてあったバッグから濃紺の包みを取り出した。大きさと形状から考えると、中身は雑誌だろうか。
「ねぇ、この本屋さん、知っているでしょ?」
 姉は雑炊の器の横に包みを置いた。濃紺のビニール袋には全国的に有名な書店名がプリントされている。
「うん」
「私たちが育った街にもこの本屋さんがあるのよ」
「えっ! できたの?」
「未莉、週末にお墓参りに行きなさいよ。ついでに街の様子も見てきたらいいわ。ここ数年でずいぶん変わっているから」
 また座るのかと思いきや、姉は立ったままコーヒーを飲み干すと、自分のバッグを手に取った。
「もう帰るの?」
「そろそろ高木くんが迎えに来るからね」
 姉は「じゃあね」と言ってリビングルームを後にする。私はビニール袋をつかみ、慌てて姉の後を追った。
「これ、忘れ物!」
「未莉にプレゼントよ。読んでみて。それからお墓参りのついでにその本屋さんへ寄ること。いいわね?」
 玄関で靴を履き終わると姉は私に悪戯な笑顔を向けた。
 なんだ、なんだ!? これは絶対何か企んでいる!!
「ちょっと待って、意味が全然わからない」
「すべての謎が解けるわよ。私の言ったとおりにすれば、ね」
 魔法使い紗莉は私の鼻先で指をくるくると2回転させ、それから華麗に身を翻して出ていった。

 シートベルトの着用を呼びかける機内アナウンスの後、前方のスクリーンにはまっすぐに伸びた滑走路が映し出された。これから空を飛ぶのだと思うと、急に胸がドキドキしてくる。
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