どうしてほしいの、この僕に
 え、ちょっ……医学部!? 優輝が医学部生だったなんて、初耳ですが!
 ということは医学部にいたのに、私の姉がスカウトして俳優になっちゃった、と?
 優輝の話では『人生について悩んでいたとき』に姉に出会ったらしいけど、何を悩んでいたのだろう。医学部に入ったということは医者を目指していたはず。別に悩む必要なんてないじゃない。
 ぽかんと口を開けたまま二の句が継げずにいる私に、優輝の父親はにっこりと微笑んで見せた。その笑顔にハッとする。目もとが優輝とそっくりだ。
「そういえば、この辺にしまいこんであったような」
 彼は急に物入れのドアを開け、探し物を始めた。
「あった、あった。これは高校2年生のときだったと思います」
 振り返った優輝の父親が手にしていたのは、写真付きの賞状だった。
 どれどれ、市民マラソン大会、三位入賞——。
 スラリとした長身の眼鏡男子が、こちらを睨みつけるような表情で写っている。
「これが……」
 私の心臓がドキッと跳ねた。
 今よりも髪は短いし、顔の印象も若干幼い。それに少し頼りなく感じるほど肩や腕が細い。
 遠い遠い記憶の引き出しが開き、抜けていたパズルのピースがカチリとはまる。
「今よりも若いでしょう?」
 私が持つ賞状を覗き込むようにしながら、優輝の父親は言った。
「いつも眼鏡を?」
「ええ。眼鏡の印象が強いせいか、優輝が俳優になったことに気がつかない人は多いです。それにほら、女の子に騒がれるようなオーラもないでしょう?」
 指差された写真をもう一度凝視する。確かに垢抜けていないというか、何か物足りないとは思う。
 眠そうにまぶたを閉じて、気だるげに突っ伏していても、ついそこへ視線が向いてしまうような強烈な存在感が、この写真にはない。
「でも、頭がよくて足も速かったらモテたのでは?」
「いやいや全然。優輝も女の子に興味がないようでね。沙知絵ちゃんのことですら煙たがっていて、それが照れなのか、本気で嫌がっているのか、私にはよくわからなかった」
「あの、沙知絵ちゃんとはどなたでしょうか?」
 このチャンスを逃す手はないと思い、おそるおそる訊いてみた。なのに質問したそばから耳を塞ぎたい衝動にかられる。 だって、なんだかずいぶん近しい仲の女子みたいだし!
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