どうしてほしいの、この僕に
 優輝は突然、額がくっつくほど顔を寄せた。
「思い出し笑い?」
「ち、ちがっ! それに私、笑ってなんか……」
 ——ええっ!? ちょっと待って、今、私、笑っている?
 意地悪い笑みを浮かべた優輝が、私の目を覗き込む。
「気がついていないだろうけど、未莉、俺の前でけっこうニヤけているぞ」
「うそ、いつから!?」
「さぁな」
「なんで教えてくれないの!?」
「見間違いかもしれないからな」
「意地悪……っ!」
 非難の言葉は彼の唇に遮られた。優しくて甘いキスに心がとろける。
 優輝の胸の中はいつも温かい。でも肌と肌が直接触れ合うと、普段の数倍、彼を近くに感じられる。
「なぁ、もう1回する?」
 胸がドキッと鳴った。
「無理だよ。明日仕事だし」
「残念だなぁ」
 それでも優輝は恨めしそうな目で妙なアピールをしてくる。その甘えるような表情がちょっとだけかわいい。
 気がつけば、お腹が震えて「ふふふっ」という笑い声が鼻から洩れていた。
「お、笑った」
 私よりもうれしそうにしている優輝の向こうに鏡がある。曇った鏡に手を伸ばし、手のひらで擦ると、照れたように微笑を浮かべる私が映った。
「本当に私、笑っている……」
「な? 俺のおかげだろ?」
 優輝は勝ち誇ったように言って、私をギュッと胸に抱いた。
 目を閉じると、彼とのこれまでの日々が脳裏を駆ける。
「そうだね。ありがとう」
 言葉にしたら急に鼻の奥がツンとして涙がこみ上げてきた。

「いやー未莉ちゃん、いい表情するようになったね」
 西永さんに呼び止められたのは、ドラマの撮影が無事に終了したときだった。
「笑顔が自然になってきた。それに切ない表情にも深みが出てきた。君は目で語れる女優になれるかもしれないね」
 身に余る言葉を並べられ、私はうろたえながらも礼を言った。
「これも西永さんはじめ、皆さんのおかげです。とても勉強になりました」
「未莉ちゃん、彼氏できた?」
「は?」
 西永さんの唐突でぶしつけな質問に、私は生意気にも彼を睨み返した。しかし彼は動じるどころか身を屈め、私の耳元に顔を寄せる。
「大きな声では言えないが、君くらいの女の子は男でずいぶん変わるものだ。男ができたんじゃないか?」
 私は後ずさりした。
「いくら恩人とはいえ、そこまで西永さんにご報告する義務はないですよね」
「ハハハ。そんなに怖い顔をしなくても……」
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