どうしてほしいの、この僕に
「西永さん、柴田さんが嫌がっていますよ」
 そこに優輝が割り込んできた。
 西永さんは背筋を伸ばすと、即席の鼻歌で優輝を迎える。
「優輝も感じただろう? 未莉ちゃん、後半で急によくなったって」
「そうですね。でもそれが彼女にセクハラ発言をしてもいい理由になるとは思えませんが」
 相変わらず絶妙なタイミングで現れて、クールな態度でフォローしてくれる守岡優輝。
 ——そろそろ来てくれるんじゃないかと思っていた、なんて口が裂けても言えないけど。
 でも本音は嬉しいし、本当に助かる。西永さんを撃退するのはなかなか骨が折れるのだ。
「未莉ちゃんに変な虫がついたんじゃないか、と気になっただけだよ」
「変な虫とはずいぶん古典的な表現ですね」
 私は下を向いて笑いを噛み殺す。優輝がほんの一瞬、憮然としたのを目撃してしまったからだ。
「でも柴田さんの表情がよくなったのなら、変な虫に感謝しなくてはいけませんよ」
「ん、そうなるか。しかし未莉ちゃんを泣かせたら俺が許さない。困ったことがあればいつでも相談に乗るからね」
 最後は慌てたような早口でお茶を濁し、西永さんは逃げるように私たちから離れていった。
「いつもありがとうございます。助かります」
 優輝に向かって軽く頭を下げた。スタジオ内はスタッフたちの目があるから、あくまでよそよそしくふるまう。
 対する優輝もよそいきの笑顔を私に向けた。
「また一緒にお仕事できる日を楽しみにしています」
 差し出された大きな手に、私の手を重ねた。すると周囲で拍手が起こった。
「制作発表もよろしくお願いします」
 少し離れた場所で、アシスタントディレクターが深々と頭を下げた。

 ドラマの撮影が終わってしまうと、ピンと張った糸がぷつんと切れたような感じはあったものの、雑誌の取材が次々に舞い込んできて、ぼんやりしていられる時間はそれほどなかった。
 優輝は私以上に忙しく、帰りが遅い日も多くなった。
 仕事場が違うと一緒にいられる時間は少ない。それは当たり前のことなのだけど、妙に心もとなくて寂しい。心にぽっかりと穴が開いたような気分だった。
 友広くんのことも時折気になったが、あの日以来何も起こらないまま1ヶ月が過ぎようとしていた。
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