どうしてほしいの、この僕に
 かわいらしい女性の声に、私はハッと我に返る。
 今までひとこともしゃべらないので存在すら忘れかけていたが、優輝の幼馴染の沙知絵さんも同席していたのだ。
「あんな人もいるんですね。都会はおそろしい」
 ずいぶんのんきな感想だ。他人事だとその程度の感慨しかないものかもしれないが。
 何気なく向かい側を見ると、ぽつんと取り残された友広くんが力なくソファに腰を下ろすところだった。
 入れ替わるように沙知絵さんが立ち上がる。
「あの、こちらのお話が済んだのでしたら、優輝と話をしたいのですが……」
「ああ、君はそのためにわざわざ来たんだ。どうぞ、どうぞ。ほら優輝、隣の部屋を使いなさい」
 ハッとしたように社長が沙知絵さんを振り仰ぎ、優輝を促した。
 優輝はしぶしぶ立ち上がって、沙知絵さんとともに別室へ消えた。

 テーブルの上に並べられていたサンドイッチをほおばったのは、それからすぐのことだ。
社長に半ば強引に勧められたのもあって、姉と私はせっかくなので手を伸ばした。
 高木さんがスツールを引き寄せて座る。
「友広和哉くん、自首する気はないのか?」
 私はサンドイッチを手に持ったまま、向かい側の様子を窺った。
 暗い目をした友広くんは、決して高木さんのほうを見ようとはしない。
「優輝を脅迫した理由は?」
 めげずに高木さんが問いかけると、堰を切ったように友広くんが想いを吐露し始めた。
「僕は彼のようになりたかった」
「和哉、やめろ!」
「物心ついたときからずっと役者の仕事をしてみたいと思っていたのに、認めてもらえなかった。はっきり言われました。才能がない、と。だから父のことが憎かった……それだけです」
 あっさり告白する彼の様子からは、嫉妬や憎しみの感情は伝わってこない。もうその想いが彼の中から消えてしまったようにも感じられた。
 社長が慌てたように口を挟む。
「だからそれは……」
「僕には才能がない——それは痛感しましたよ。ここに集まった女性はみんな守岡優輝がほしいのですからね。僕は誰からも必要とされない」
 友広くんはシニカルな笑いを頬に貼りつかせて私を見た。
「でも自首はしません」
 やけにきっぱりと彼は言い放った。
 高木さんの顔が曇る。
「そうか」
「だって、サイラを放っておくわけにはいかないでしょう」
「じゃあ、あなたが彼女を止めてくださるのね」
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