どうしてほしいの、この僕に
#02 今夜君がここへ来たわけを教えて
「未莉、すごいね。相手は守岡優輝だもの、普通は緊張しちゃって何も言えなくなるよ。それにさ、守岡くんが芝居の途中で素に戻ってふき出すなんて考えられない!」
「それって、私の顔が凄まじく醜かったという意味かな?」
「いやいや」
 私の目の前で大げさに手を振ってみせるのは、大きな目と口がチャームポイントの島村柚鈴(しまむらゆず)だ。グリーンティ所属のモデルでは実力・人気ともにナンバーワンで、最近は女優業へと進出し、守岡優輝との共演歴もある。
「あの人はそんなことで芝居を中断したりしないよ」
 そんなことイコール私の顔が醜い、なんだろうな。
 美少女イコール島村柚鈴、な彼女は悪びれた様子もなくニコニコしている。くぅ、その笑顔がまぶしくて怒る気も失せてしまう。
「守岡くんもふき出すほどの不気味な未莉の笑顔、見てみたかったわ」
「お姉ちゃんまでひどい!」
 アハハと豪快に笑う姉は珍しく地味な服装でデスクワークをしていた。一応この事務所の社長なので、ここが彼女の居城だったりもする。事務員はいるけど、私と入れ違いに午後5時で帰ってしまった。だから今事務所には柚鈴と姉の紗莉、そして私の3人しかいない。
 柚鈴が応接ソファに埋もれるように腰かけた。私もつられて柚鈴の向かい側に座る。
「よくがんばったよ」
 つぶやくようなそのひとことに、深い慰めの気持ちがこもっているのが感じられ、私は顔を伏せた。急にいろいろな想いがこみ上げてきて泣きそうだったから。
「そうね。大きな1歩だと思うわ。オーディションに招待してくれた人に感謝しなきゃね」
 姉も柚鈴に同意した。私はますます顔を上げられなくなってしまう。笑えない私の事情を知っているとはいえ、ふたりは私を甘やかしすぎだ。
「それで、招待状の差出人はわかったの?」
「いいや。この人かな、と思う人はいたけど、結局何もわからなかった」
「そっか。残念だね。せめて差出人だけでもわかれば『何か仕事ちょうだい』って言えたのに」
 明るい軽口に救われる思いで柚鈴を見た。
「ま、どうせオーディションはダメだったし、差出人もどうでもいいよ」
「あら、まだ通知は来ていないからわからないわよ」
 姉が返事をする。柚鈴もパッと身を起こして同調した。
「そうだよ。守岡くんがふき出すまでは順調だったんでしょ?」
「うん、すごくやりやすかった」
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