どうしてほしいの、この僕に
 私は思わず自分の頬に手を当てた。
「い、いや私はひとりでいても全然寂しくないし、むしろひとりでいるほうが気楽で好きだし。それにファンデーションのメーカーを変えたから血色がよく見えるだけで、あの人と一緒にいることとは無関係だから。あの人にはまったくなんの影響も受けていませんから!」
「そう。そんなに力いっぱい否定しなくてもいいのよ」
 からかうような目で私を一瞥すると、姉は目的のドアを開けた。部屋の中から「おはようございます」という挨拶が聞こえてくる。
「お、未莉ちゃん、久しぶりだね」
 西永さんが屈託のない笑顔で言った。今日のシャツは紺と白のストライプで、紫色のセーターを肩にかけている。おしゃれな男性は目立つものだけど、ドアが開いた瞬間やはり真っ先に目がいってしまった。
「あら、私に挨拶はないのかしら?」
 姉はわざと西永さんの隣に立ち、挨拶を催促した。すると部屋の中にいた若い人たちから笑いが起こる。西永さんは立ち上がって姉に手を差し出した。
「これはこれは紗莉さん、ようこそいらっしゃいました。むさくるしいところですが、どうぞおかけください」
 姉とがっちり握手をし、それから隣の席をすすめた。私も姉の隣に座る。
 おそらく入ったばかりの見習いだと思われる線の細い男子が、腕をブルブル震わせながらコーヒーカップを運んできた。ハラハラしながらコーヒーカップが無事にテーブルに着地するのを見届け、視線を正面へ向けると、反対側のテーブルに私と同じ年頃の美しい女性を発見する。
「竹森(たけもり)」と書かれた名札を首にぶら下げている彼女は、口元に笑みを浮かべ自信に満ちた目つきで私を見た。
「それでは打ち合わせを始めます」
 西永さんの声でミーティングルームはしんと静まり返った。
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