どうしてほしいの、この僕に
 それに太ももよりもまずこの仏頂面をどうにかしないとダメだ。
 でも少しくらいは体を動かしたほうがいいな、と思いながら朝食を作る。食べるものも気をつけなくては。
 帰ってきた優輝は「おはよう」とだけ言い残して、バスルームへ消えた。

「ずいぶん難しい顔をしているけど、考えごと?」
 久しぶりに会った姉は私の顔を見るなり、そう言った。
「うん、まぁ、ちょっと」
「当ててみようか。守岡くんのことを考えていた。違う?」
「えっ、……いや、そんなわけないじゃない」
 うふふ、と姉が笑った。背中の皮膚がぞくりと粟立つ。
「当たった!」
「だから、違うって」
 大声で反論したけど、それはむしろ姉の正しさを証明する形になってしまった。
 確かに考えていましたとも。今朝の優輝の態度が驚くほどそっけなくて、あれは怒っているのかな、と。
「彼とはうまくやっているの?」
 隣を歩く姉は唇の端を上げた。ヒールの高い靴も姉にとってはスニーカーと大差ないらしい。私もウォーキングの訓練は受けたけど、ここまで軽やかには歩けない。世界を相手に仕事をしてきたモデルだから当然といえばそれまでだが、やはり姉もプロであり続けるために日々努力しているのだろう。そう考えると私は——なんの努力もしていない、かも。
 姉が私の顔を覗き込み、返事を催促するようにしなをつくった。
「あ、えっと……あの人、気分屋でまだ慣れない」
 昨晩私を翻弄したのは優輝なのに、あんな恥ずかしいことをしておきながら、今朝はほとんど無言。機嫌悪そうな顔をしていたから声もかけにくいし。
 しかし、なぜ私が優輝の機嫌をうかがわなければならないのか。こういう場合、どう考えても怒るのは私のほうじゃない?
「へぇ。気分屋には見えないけどな」
「外面はそうかもね」
「それって未莉が十分彼に馴れているということじゃないの」
「は? あの人、最初からだよ。いきなり機嫌悪かったり、いきなり優しかったり……」
 げっ、言葉の選択を間違えてしまった。
 突っ込まれることを覚悟して目をそらしたけど、姉は「ふーん」と返事をしただけで何も言わない。肩透かしを食らった気分で姉の横顔を見ると、なぜか穏やかな視線を向けてきた。
「な、なに?」
「少し……いや、ものすごく安心したわ」
「安心?」
「未莉が寂しくなさそうで。ついでに血色もいいし」
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