【第二章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

愛にあふれる夜、永遠を夢見て…

 この悠久の地に奇病や不可解な怪我などはほとんど存在しない。具合の程度で魔法の難易度は少々上がるが、ヴァンパイアの王が気を失うほどの怪我ならばまず、同等の者から受けたダメージと考えてほぼ間違いないだろう。

(流れ出る血液の量から見ても……これは刺し傷ではないな)

 必然的に<精霊王>エクシス以外が候補に上がるが、懐の深い<革命の王>エデンが神具を抜くとも思えない。
 よって、候補から最後まで外れなかった灰色の王ならばやりかねない……と、何となく納得できてしまうのは好戦的な<冥王>の性格上しょうがないことなのかもしれない。

(……相手はマダラか……)

 キュリオは一瞬考えて。
 空いた手で宙に一線を引くと、魔導師にしか解読できない銀色の文字が浮かび上がってキュリオの前で緩やかな曲線を描く。そしてそれは蛇のようにゆったりとした動作でキュリオの持つ鴉(クロウ)へ伸びて巻き付いた。

 銀の文字列はぼんやりと淡い光を湛え、鴉(クロウ)の体へやんわりと絡みついて浮かび上がる。
 一歩下がったキュリオの手を離れたそれは、一定の場所へ留まって鴉(クロウ)の心身の治癒へと移行したようだ。

「輝きが消えるころには傷も癒えているだろう」

 踵を返した銀髪の王は室内へ戻ると、アオイがいるベッドへ向かおうとして立ち止まる。

「…………」

(穢れを落とすのが先だな)

 足早に浴場へ向かった彼は一足先に全身を清めてからバスローブへ身を包むと、再びアオイの待つベッドへ戻る。

「待たせてしまったね。さぁ湯浴みへ行こうか」

「きゃはっ」

 大人しく抱きかかえられた赤子は瞳を輝かせながらキュリオを見上げている。
 
「ふふっ、お前が"お父様"と呼んでくれる日が待ち遠しいよ」

 ティーダに接する態度とは一変、ほころぶような笑顔を見せたキュリオの心はとても穏やかで優しい愛に包まれている。
 自身のバスローブを脱ぎ捨てながらアオイのドレスを丁寧に脱がせると、素肌が触れ合う心地よさに目を細めたアオイが胸元に顔を寄せてきた。触れ合った部分から伝わる吸いつくような瑞々しさと赤子らしい高めの体温が愛しさに拍車をかける。

 アオイが驚かないよう徐々に湯の中へと足を進め、適度な場所に留まってから自身の膝の上へ向き合うように彼女を座らせる。バランスを崩さないようしっかり両腕で支えてから話しかける。

「私はお前の望みはなんでも叶えてやりたいと思っている。
……その代わり……私の望まないことは全力で阻止する。……時には私の想いが強いばかりに、お前の気持ちを握りつぶしてしまうこともあるだろう」

「……お前には重すぎる愛になるかもしれないが……もう手放すことはできない」

「…………」

 アオイの瞳からは笑みが消え、言葉はわからずとも聞き入っているように見える。そしてしばらくの沈黙ののち――

「きゃあっ」

 小さな手がキュリオの顔目指して伸びてくる。きっと今のアオイも同じ気持ちなのだろう。互いに顔を寄せあったふたりの心は幸せな未来を予感し、その瞳はともに歩く永遠を夢見ていた――。
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