◇◇◇

五月、札幌の街はまだ桜が散ったばかり。

私、平良亜弓(たいらあゆみ)二十八歳は、オフィスビルの五階でノートパソコンに向かっている。

窓からのうららかな日射しと昼食後の満腹感が相まって、口からはついあくびが……。


すると「綺麗な歯並びですね」と、左後ろから声をかけられた。

椅子を四半分回転させて振り向いたら、見慣れたハンサムフェイスがニヤリと口の端を吊り上げている。


「麻宮(アサミヤ)支社長……」


ここは『アサミヤ硝子ホールディングス』の札幌支社で、今、目の前にいる三十二歳の彼がそのトップに立っている。

札幌にやって来たのは一年前で、ここで数年の修行期間を経た後に東京本社に戻り、経営者一族として重役の座に収まるのではないかという噂を聞いた。


椅子から立ち上がった私は軽く頭を下げ、「申し訳ありませんでした」と業務中のあくびを謝罪した。


「亜弓さんは今日も真面目ですね。
謝るのではなく、ここは、はにかんで見せてほしいところです。可愛らしい女性なのですから」

「可愛くないので無理です」