あの先輩が容疑者ですか? 新人ナース鈴の事件簿 
序章
「だからそんなもんじゃないんですって。一度うちのほう来てみてくださいよ、細かい星までいーっぱい見えますから」
「ふうん」

 目を輝かせてなおも話そうとする鈴に対し、運転席の女性の相槌は素気ない。曲がりくねった狭い路面と標識に集中しているようだ。

 パッと見冷たい印象を与えるすっきりした顔立ちに加え、眉間にうっすら皺まで寄せた日向清世の表情は、人を寄せ付けない雰囲気に満ちている。背までの長さのある黒髪を、前髪ごと後ろで一つに丸めているだけなのも、上下身に着けているアイロンの効いた白衣も、それを後押ししているだろう。

 しかし、鈴はそんなことは気にならない。それは鈴も同じ白衣を身に着けているから——ではなく、この二カ月間で清世のその冷たい表情に特に意味はなく、彼女の内面は人の想いに敏感でとても優しい、ということが分かってしまったから。

「ほんと、市内から見る夜空なんかより、何十倍もすごいですから! こんどうち泊まりに来てくださいよ、何がいいかなあ」

「んー……何って……何が? 林さんちって会社の近くじゃなかったかな……あー、もう、カーブミラーばっかり」

「だから、バーベキューかジンギスカンかですよ! それともお肉は控えたい派です? あ、うちの実家、庭広いんですよ」

「だからじゃないよ、もう。林さん話飛びすぎ」

 清世は溜息を付いて、同乗者が年下の鈴であってもガタつく軽自動車を丁寧にスローダウンさせて赤信号で止まった。

 数秒間鈴に向けられた顔は、完全に仕事モードのできる看護師のもの。二か月前に越してきた清世は米田市に友人知人はいないはずで、それを知っている鈴がこうして誘いをかけても、ちっとも乗って来ない。真面目すぎる、と呟いていた事務の熊谷美那に同感だ。

 けれど、鈴はこれくらいではへこたれない。素気ない人には慣れていたし、彼女が面接で口にした前の職場の辞職理由を、うっかり聞いてしまったから。
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