1ページの物語。
-過去の恋人-


久しぶりに地元の駅に降りた。


6年振りとあって風景も様変わりしていて、何だか寂しさと興味本位でつい立ち止まって駅から見える風景に見入る。

そんな俺の視界に1人の女性が入った。



彼女はどこかを一点に見つめ、俺と同じ様に人が行き交う駅の入り口に佇んでいて、

そんな彼女が気になって今度は彼女だけを視界に入れ目を凝らす。


誰かと待ち合わせか?

そう思いながら何気ない気持ちで彼女を見つめていると、彼女がふとこちらを見た瞬間、一気に力が抜け持っていた鞄が床に落ちた。



彼女には見覚えがあった。



きっと6年前まで家族以外で1番彼女を知っていたのは俺だった。

そう過言できる程、彼女とは特別な関係……

彼女は高校卒業と同時に別れた元恋人だ。



まさか、6年振りに帰郷した瞬間再会するだなんて思いもしなかった。



ゆっくりと腰を曲げて落とした鞄を拾い、一呼吸してもう一度彼女に視線を向けた。


一瞬こちらを見たが俺には気づいてなく、また同じ方向を一点と見つめる。


緊張で胸が張り付けそうになりながら一歩、一歩彼女に近づく。


手を上げそして、


「あの、



『久しぶり』そう笑顔で話しかけるはずだった。


そう、【はず】だ。


彼女は俺の声に反応すらせず気が抜けた顔から一変した。


顔がどんどん紅潮して、誰かを見惚れている様で目がトロンと下がっている。


その表情は6年前まで俺が向けられた表情だった。



上げた手をゆっくりと下ろし、一歩後ろに下がる。

彼女はそんな俺に気づく事なく近づいて来る男性から一切視線を外さない。


彼女にも彼女の時間があって、彼女は俺じゃない人に恋をしている。


そんな彼女を見て胸が痛む中思い出した。



彼女の一途に相手を想う気持ちが好きだった事を。

そんな彼女から想われる自分が周りから羨まられ、優越感に慕っていた事を。


彼女に想われる相手が羨ましい。


まさか自分がそちら側になるなんて思いもしなかった。



『好きだけど遠距離になるから別れよう』



そう言って彼女と別れたあの日より辛いのは彼女の心が自分という存在が無くなってしまっているから。



乾いた息を吐き彼女に背を向けて駅を去った。


帰郷するまで忘れていた存在なのに実家に向かう足取りは彼女と過ごした思い出が頭から離れなかった。



【過去の恋人】



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