【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

新しい一歩

 やがてそれぞれの一夜が明けて――。

 早朝の日の光が差し込む、中庭へと続く通路を歩いている銀髪の王がいる。
 爽やかな風が吹き抜けて艶やかな彼の髪をゆるやかに流していく。大事そうに抱かれた彼の胸元には、愛くるしい幼子が丸い瞳を彼に向けてニコリと笑い掛けていた。

「あぁ、今日も素晴らしい朝だね」

 キュリオは風に靡いたアオイの髪を指先で梳いて微笑みを浮かべる。
 柔らかく絡んだ絹糸のような髪に彼女の成長の証を感じたからだ。

「お前が来てもうどれくらいだろう?」

 聖獣の森で出会った日からそれ程経過していないようにも思えたが、人生で一番濃密で幸せな日々であったと断言できる。
 初めて欲した小さな愛にこれほど執着するとは彼自身思っていなかったに違いない。今となっては彼女の顔を見て触れていなければ不安になってしまうほどだった。

「ふふっ、髪は切らずに伸ばしておこうか?」

(大きくなったアオイの好みはどちらだろうな。私としては髪を梳く楽しみの意味でも、やはり長いほうが……)

 悠久に決まった風習はなく、キュリオのように男が長髪であろうともなんの問題もない。そして女が短髪であろうとも、女性らしさを損なうような考えには決してならないのだ。
 歩きながら幸せな悩みを持て余していると、白銀の髪を揺らした青年が背後から近づいてきた。

「おはよう。ダルド」

 親密な気配に気づいたキュリオは、彼の姿を目にする前に親しみ込めた声とともに振り返った。

「うん。おはようキュリオ。髪飾り、できた」

 正装を纏ったダルドが美しい小箱を差し出すと、受け取ったキュリオは小さく頷いた。

「急がせてすまなかったね。ありがとう。疲れていないかい?」

「大丈夫。
……僕は、伸ばしたほうがいいと思う」

「……?」

 急に何の話かと思ったキュリオは一瞬無言になったが、元銀狐だった彼の能力を思い出して微笑む。

「ふふっ、話を聞かれてしまったかな?」

「……うん。髪飾りつけるなら長いほうがいい」

「そうだね、うっかり短くしてしまわぬよう心がけるとしよう」

 自身の希望を伝えるようにアオイの瞳を見つめると、優しげな眼差しがキュリオのもとへと舞い上がる。

「きゃぁっ」

「あぁ、アオイも私たちと同じ意見のようだね」

「うん。それとキュリオ……あのふたりの杖と剣もここにある」

 彼の持つ魔道書は淡い光を湛えて穏やかなふたつの鼓動を繰り返している。

「わかった。朝食のあとで少し打ち合わせをしようか」

「……うん、……」

 ちらりと赤子の顔を見るだけに留まったダルド。
 彼と目が合ったアオイも見知った顔に嬉しそうな声をあげたが、どことなく落ち着きがない彼は――

「……それまで散歩してくる」

「……? あぁ、いっておいで」

 アオイを好いてくれている彼ならば、このまま散歩に付き合ってくれるだろうと踏んでいたキュリオの予想は外れてしまった。
 そして元より口数の少ないダルドはそのまま足早に立ち去ってしまった。

(ダルド……?)

 なんとなく避けられた気がしてならないキュリオは、その真意を図ろうと彼の後姿を見つめるが……その数十秒後、苦笑とともに納得してしまった。

「……っおっ、おおおおはようごっざいますっっキュリオ様!!」

「やぁカイ、素敵な朝だね」

 大理石の柱の影から姿をあらわした小さな見習い剣士。朝の鍛錬が終わったらしい少年の額には、うっすらと汗の粒が光っている。
 声を掛けながらも彼が近づいてくるまでその場から動こうとしないキュリオ。

「…………」

(……任務の内容はブラストから聞いているはずだ)

 良い知らせを持ってきてくれたのならば、彼から近づいてくれるとキュリオは信じている。

「お、俺……っ!」

「なんだい?」

 見習い剣士が緊張していたことは明らかだったため、なるべく負担をかけぬよう笑みを浮かべたまま素知らぬ顔を続ける。

「……っ」

 カイの視線の先には後光を纏ったように神々しい王の姿。
 並みならぬ決意を秘めたカイは導かれるように歩みを進めながら深呼吸を繰り返すが、極度の緊張に息が浅くなり、次第に冷や汗が流れはじめた。

「……っは、はぁっはっ……」

(お、俺……やりたいっ! じゃなくて……っ任務がほ、ほし……!?)

 やる気と勢いばかりで言葉をきちんと考えていなかったカイ。彼は頭で考えるより体が先に動いてしまうタイプのため、こうして行動のあとに行き詰ることが多々ある。しかし、それもすべてお見通しなキュリオは嬉しそうに笑みを深めた。

「飾らなくていい。君の言葉で教えておくれ」

「あ……」
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