【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を
「……俺に任せてくださいっっ! だれよりも強くなって必ずお姫様を守ります!」

 この少年のキラキラと輝く瞳の奥に、悠久の剣士として気高い誇りが芽吹いていく様をキュリオは見逃さなかった。

(本当に良い目をしている……)

「ありがとう。そう言ってくれると信じていたよ」

「は、はいっ!!」

 握手を求めてきた銀髪の王の手をしっかり握りしめたカイ。
 手の平から伝わってくるキュリオの力に目を見張りながらも、掲げた志は負けじと輝き続ける。

「カイ、この子が私の娘のアオイだ。君とは年も近い。仲良くしてやっておくれ」

「……っ!」

 これまでにないほど穏やかな顔をしたキュリオがわずかに腕を下げると、大事に抱えられたその中心に小さな女の赤ん坊の姿がある。
 カイは仕えることになるであろう姫君との初顔合わせに胸を高鳴らせながら、赤ん坊と視線を合わせるべく背伸びして覗き込む。するとこそにはキュリオの顔を見上げながら頬をピンク色に染め、嬉しそうに瞳を細めてきゃっきゃと手を伸ばしている悠久の姫君がいた。

 伸ばされた手の先へ視線をうつすと、キュリオが微笑みながら小さな手に頬を寄せて幸せそうに目を閉じている。

「アオイ、カイだよ。わかるかい?」

 アオイの視界にカイが入るようさらに腕を下げると、視界の端に飛び込んできた少年の瞳を見つめた赤ん坊はキュリオにしたのと同じようにその手を伸ばして嬉しそうな声を上げた。

「んきゃぁっ」

「ふふっ、アオイはカイのことが気に入ったようだね?」

「カ、カイと申しますっ! アオイ姫様っ! 
これからはお傍を離れず、ずっとずっと! 姫様をお守りさせていただきます!」

 幼いながらもカイは城守の騎士らしくアオイに一礼してみせた。
 そんな様子をみていたキュリオは小さく頷くと、赤子のアオイを抱いて中庭へと歩いていく。

「俺のお守りする姫……アオイ姫様……!」

 カイは使命感に満ちた顔で幼い姫の名をつぶやくと、キュリオの声が届いた。

「カイ? アオイの傍を離れないんだろう?」

 笑いながら立ち止まり、キュリオがこちらを振り返る。

「はいっ!! キュリオ様! アオイ姫様!」

 カイの元気な声があたりに響くと、いつの間に顔を揃えていた家臣や女官たちは微笑ましげにその様子を見守っていたのだった――。


「お待たせ致しましたキュリオ様。姫様のご準備が整いましたわっ」

 聖母のような笑みを浮かべた女官が恭しく一礼し言葉を述べる。

「そうか。ひとめ見たら私も準備に取りかかるとしよう」

 彼女の声に振り向いたキュリオは窓辺から離れ、はやる気持ちを抑えながら隣接するロイの作業部屋へ足を向ける。

(耳を澄ましていたがアオイの声は聞こえなかった。本当に手のかからぬ子だな……)

 思えば彼女が来てからというもの、ぐずる姿をほとんど見たことがない。そして赤子の睡眠時間を考えてみてもまだまだ眠りたいはずなのに、キュリオの起床に合わせて目を覚ます彼女。眠気をおして無理に笑いかけてくれる顔がなんともいじらしく、しばらくベッドで寝かせてやろうと思うのだが頑なに拒むのだから連れて歩かないわけにもいかず、時が彼女を夢の世界へ誘うまで待って腕の中で眠らせるのが日常となっていた。

 そして朝食のミルクを口にし、日課の散策が終えるころにはまた眠ってしまうのだが、不意に目覚めても泣いてなにかを要求することのない彼女は気を使っているのではないかと思うときがある。

(無理に泣けとは言わないが、子供らしい一面を飽きるほど見てみたい……という私こそ我儘なのだろうか?)

"甘えと優しさ"を履き違えてはならない。

 先代悠久の王・セシエルより教えられたこの言葉を強く胸に刻んでいるキュリオだが、それさえ簡単に飛び越えてしまいそうなほどにアオイの存在が愛しくてたまらないのだ。

「……加減がわからぬな……」

「姫様のことでございますか?」

 どこか不安そうなキュリオの言葉に、後ろを歩く女官が声に笑みを載せて問い返す。

「……あぁ、あの可愛い顔を見ていると、つい甘やかし過ぎてしまいそうでね」
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