小倉ひとつ。
きらめかしくない。特別じゃない。

優しい微笑みとか、穏やかな世間話とかに混じるような、あまりに密かな音。


何か特別なことをしてもらったわけじゃなかった。


何か、ときめきに満ちた言葉をかけてもらったわけでもなかった。


でも、いつの間にか目が追っていた。


声を拾っていた。

少しだけくせのある、読みやすい字を何度も眺めた。

微笑みを返した。

行ってらっしゃませを、言った。


ひとつふたつって思い出が増える度に、好きが右肩上がりに増えていく。


十年以上増え続けた気持ちが簡単になくなるはずもなかった。


微笑み。お礼。穏やかな眼差し。


脳裏に浮かぶ全てに胸が苦しくて、喉がつかえて、押し出すみたいにして息を吐いた。


そういうふうに好きでいることを悲しんだり、ましてや、言い訳になんかしたくない。


ありふれた何かに今日もひとつ、好きが積もる。


明日もきっと、ありふれた特別な何かに、好きが積もる。


そういう、手探りで大切な恋をしている。
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