小倉ひとつ。

7.あなたの一人称

「寒いですね」


話すだけで吐息が薄ぼんやりと白む。冬の訪れを感じさせるような、淡い白。


マフラーの端を引いて少しきつく巻き直しながら見上げると、コートの前を引き合わせた瀧川さんが、何度も頷いた。


「ええ、本当に。最近めっきり寒くなってきましたよね」


かじかんだ手を合わせて、はあ、と息を吐くのさえ色っぽい。


時期的にも気温的にもまだ手袋は早いと思ったのか、瀧川さんは素手のままだった。


大きくてごつごつした、綺麗な手。綺麗な人は指先まで綺麗らしい。

節が高くて細長い、大きいという言葉よりは綺麗という言葉が似合う手のひら。でも、明らかに男の人の手だ。


爪は短く揃えられているけれど、きちんと縦長い。


私の深爪で丸い爪の指先を、無意識に指の腹でなぞって、そうっと服の陰に隠す。


何度も見られているに違いないけれど、今さらでも、気になるものは気になる。


爪は少し伸ばした方が形が縦長になりやすいらしい。


でも、飲食店で働いているのに伸ばすのは駄目だろうから、指を手のひら側、つまり爪の裏側から見て、指先から爪がはみ出さないように整える。


どうしても、私の爪はいつまでも小さくて丸いままだった。
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