祓魔師陛下と銀髪紫眼の娘―甘く飼い慣らされる日々の先に―
「私の目の届かないところに行かれて、なにかあったら困るんだ。私のものだと自覚しているなら、おとなしく言うことを聞け。自覚がないと言うなら……今すぐにでも分からせてやろうか」

 銀糸に唇を寄せながら、射抜くような眼差しを向けられ、リラは大袈裟に頭を左右に振った。

「フィーネについていってもらいます」

 その言葉を聞いて、ヴィルヘルムは手元を緩める。リラの髪が流れ落ち、それを目で追いながら、おもむろに立ち上がった。

「くれぐれも無理はするな」

 それだけ短く告げると、王はいつものように、また来る、とだけ言い残してリラの部屋を後にした。そして、しばらく動けずにいたリラだったが、やがて金縛りが解けたかのようにベッドに勢いよく倒れこむ。

 胸の奥で疼くような気持ちになんだか泣きそうになる。ここにいる限り、言葉通り、自分は王のもので、ただの飼い猫だ。けっして対等なものではなく、自分が抱くような気持ちは間違っている。

 リラはぎゅっと目を瞑って自分の気持ちを振り払う。今は歩く死者について考える方が先決だ。いや、考えておかないと、またヴィルヘルムに対する気持ちで胸の中を占拠されそうで怖かった。

 とにかく王の許可も得たことだ。フィーネには申し訳ないが、歩く死者の出る現場に足を運んでみよう。この瞳で見れば、なにか分かるかもしれない。これは、王のためでもあるのだ。

『陛下のお眼鏡に適う女性がいらっしゃるといいんですが』

 どんな女性がヴィルヘルムの元へ集まるのだろうか。もし歩く死者の問題を解決できれば、ヴィルヘルムはそのバルコニーで誰かと愛を語らうのだろうか。そんな想像をするとなんだか胸が千切れそうに痛んで、目の奥が勝手に熱くなる。

 どうして? 飼い猫なら、主人の幸せを願わなくてはならないのに。陛下のお役に立てるように尽くすことしか、今の私にはできないのに。

 その日の晩も、結局リラはなかなか眠ることができなかった。
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