黒き魔物にくちづけを

◇雪化粧の夜


『見て、あの子の目』
『なんて不吉な色だろうね、見ているだけでおぞましい』
『あんな子がいたらこっちまで不幸になりそうじゃないか』
『早く出ていってほしいものだね』

どこかから、ひそひそと囁き声が聞こえる。

上から、下から。彼女を包み込むその声は、混じりけのない悪意そのものだった。

闇の中に一人、ぽっかり浮かんだ彼女は、絶えず聞こえてくるその声を、目をきつく瞑って耐えていた。

『お前みたいな奴を、雇えるわけがないだろう』
『よくそんな目で働こうと思ったね』
『お前のせいで災いが起こるようになった』

囁き声は段々と大きくなっていく。聞かないようにしても、耳に飛び込んできてしまうほどに。

『──出ていけ、化け物!』

そして、一際大きな叫び声と共に、突然辺りが赤く染まった。

ゴウ、ゴウ、と、爆ぜる音がする。これは炎だ、と彼女は悟った。

『燃やせ!燃やせ!化け物を殺せ!』
『不吉な化け物!死ね!』
『村の不吉を祓え!』

炎の向こうから、悪意が響いてくる。近くで、炎が大きく爆ぜた。

(……逃げなきゃ)

ほぼ無意識に、彼女はそう思っていた。ここにいてはいけない。逃げなければ。……でも、どこへ?

わからない、わからないけれど、とにかく彼女は足を動かした。

『その不吉な目でこっちを見るな!』
『何もかもお前の黒のせいなんでしょう!』
『外を歩くな!不吉を振りまくな!』
『こっちを見るな!』

その背を追いかけるように、いくつもの声が、彼女に降りかかる。今までにかけられた、全ての悪意が、彼女の小さい背中を押しつぶそうとする。


──『お前のせいだ、この【魔女】め!』


どこかで、誰かがそう叫ぶ声が、聞こえた。

< 119 / 239 >

この作品をシェア

pagetop