日常に、ほんの少しの恋を添えて
「では専務、本当に昨夜はご迷惑をおかけいたしました。……あ、ありがとうございました」

 お別れ前にもう一度、私はゆっくり頭を下げた。願わくば昨夜の醜態を早く専務が忘れてくれるといい。……と、そんなことを考えていたのだが。

「なあ、長谷川」

 専務の声にピク、と体が反応した。

「は、はい」
「昨日のさ、『専務との相性最悪』って、どういう意味?」
「へ……」

 思わず体を起こし、眉根を寄せ専務を見る。すると私と目が合った彼は解せない、とでも言いたげに私の返事を待っていた。

「昨日? ……ですか? 私そんなこと言った覚えが……」
「寝てるときに、寝言で『専務との相性最悪なのに秘書とか無理なんですけど~』って言ってた」
「……!!」

 ヒィ――――
 思いもよらぬ自分の言動に、私は目の前が真っ暗になった。

「……長谷川? だから、あの……」
「あのっ、ほんと、いろいろ申し訳ありませんでしたっ!!」

 この後のことはあまりよく覚えていない。

 運転席から助手席の方へ身を乗り出した専務が、私に向かって何かを言っていたような気はするのだが……自分の口からまさかの本人に暴露するというアホな真似をしてしまった私は、専務の話などろくに聞かず逃げるようにその場から立ち去ったのだった……

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