日常に、ほんの少しの恋を添えて
「ああ? 昨夜のあれかあ? あんなの、俺大学時代とかしょっちゅうだったけどな。吐けない後輩吐かせてやったことなんて数え切れん」
「……! 専務はっ、何度も経験あるかもしれませんけど、私は初めてだったんですよ! ましてや男性に……しかも上司……最悪です」
「あの場ではああするしかなかっただろう。もう忘れろ」

 そんなの無理です、と言おうとしたけど、その言葉は飲み込んだ。
 だってまだ覚えてる。私の顔に触れた専務の手の温もりも、口の中に入って来た太くて長い指の感触も。あんなの、すぐに忘れることなんてできない。
 相性最悪だ、と思っていた人にここまで世話になってしまった私の頭の中は、こんがらがった。

「まーたなんか考えてる」

 ハンドルを握りながら専務がクックックと肩を震わせる。

「そりゃあ、あんなことしたら落ち込みますっ! 今日は帰ったら一人反省会ですよ」
「今日明日休みだからな。ゆっくりやるといいよ」

 他人事だと思って……!!

 まだかすかに笑いが混じる専務の声に、私はガックリ落ち込む。

 そうこうしている間に、車は私が住むアパートの近くにやってきた。専務に送ってもらうのもこれで二度目とあり、場所はすでに把握しているようだった。


「ありがとうございました、本当にいろいろと申し訳ありませんでした」
「部屋の前まで送ろうか」
「いいえっ! それはほんとに結構です!!」

 これ以上お世話になることは私的に許されない。

 私が車を降りると、専務は助手席の窓を全開にしてこちらを見ている。

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