私、古書店の雇われ主人です。
本も人も旅をする
九月のはじめ。今日も朝からじりじりと暑い。

古書専門【沖野屋書店】の開店は朝十時。おもての掃除を手早く済ませ「本日は閉店しました」の札を「営業中」にひっくり返す。

(さあ、今日も一日頑張りますか)

私は気持ち背筋を伸ばすと、さっそく仕事に取りかかった。

沖野屋書店は祖父が開いた古書店で、私は二代目になる。といっても、まだ正式に店を譲り受けたわけではない。現在もオーナーは祖父のまま、私はいわば「雇われ主人」というわけだ。

毎日きっちり十時に店を開けても午前中にお客さんが来ることはあまりない。それでも仕事はある。

うちは店頭販売と並行してネット販売もしていて、注文が夜間に入っていることも多い。その対応が午前の専らの仕事なのだ。

(あれ? あの子は――)

レジ横のPCで作業をしていると、「彼」は静かに現れた。長身で細身。黒髪で色白。黒のジーンズにグレーのTシャツ。背中のプリントはスヌーピー、じゃなくて……スヌーピーのお兄さん、だったっけ?

彼が最後に店に来たのは七月の半ばくらいだったと思う。物静かな雰囲気は大人っぽくもあるけれど、顔つきはどこかあどけない。高校生? いや、中学生くらいだろうか?

「いらっしゃいませ」

にこやかに言えば、彼がぎこちなく会釈する。私はあれこれ考えつつ、気にしない素振りで仕事を始めた。

(夏休み中は一度も来なかったよね?)

印刷した注文一覧を見ながら、発送する商品を本棚から確保する。

(あ、ちょっと背が伸びた?)

作業をしながらも、やっぱり気になる。もう九月だもの。夏休みはとうに終わっている。今日は木曜日。平日だ。

(何か、事情があるんだね……)

制服でもなければ、カバンも持っていない。六月、彼が初めてこの店を訪れた日もそうだった。平日の午前中、学校ではなく客のいない古書店にいるのには、彼なりの事情があるのだろう。

決して悪い子には見えない。ここが彼にとって安全に思える場所なら、居てくれたらいいと思う。こんな私は無責任な大人だろうか? それじゃあ、責任ある大人の態度ってどんなだろう? 「学校へ行きなさい」と追い出すこと? それも何か違う。きっと、絶対違うから。

(とりあえず、しばらく黙って見守ろう)

何が正しいのかはわからない。けど、今ここで“詩歌”の棚を見上げている彼の横顔は穏やかだもの。だから私は自分の良心に従うことにした。

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