私、古書店の雇われ主人です。
お店の閉店は午後八時。閉店間際にやってきた羽鳥(はとり)さんを引き留めて、私は話を聞いてもらった。話題は午前中に来た「彼」のことだ。

「けっこうなことじゃないか、若いお客が増えるのは」

ネクタイを緩めながら羽鳥さんが朗らかに笑う。

「それはまあ……って、そういう問題じゃないですっ」

レジのそばには小さいながら座って本が読めるカウンター席がある。私は寛いだ様子の羽鳥さんの隣に並んで掛けた。

羽鳥さんは今年の春に市内のB大学に准教授として着任した先生でお店の常連さんだ。うちの店は学術書を多く扱っているので、研究職のお客様は少なくはない。でも、羽鳥さんはちょっと特別。お客様でもあるけれど、祖父が懇意にしているお友達だから。

羽鳥さんはB大学出身で、学生時分は祖父にずいぶん可愛がってもらったのだとか。大学院修了後は関西の大学で助教をしていたけれど、こうして古巣に戻ってきたわけだ。

三十二歳で独身。彼女がいるという話は聞いたことがないけれど……どうなのかな? とりあえず祖父との親交は変わらず、今では私も何かと相談に乗ってもらっている。

「その少年、悪い子じゃなさそうなんでしょ?」

「たぶん。だって、谷川俊太郎の詩集とか熱心に読んでるんですよ?」

心から言葉を愛せる人に悪い人はいない。それは本好きの欲目だろうか?

「カンナさんがいい子だと思うなら、きっといい子だよ」

「え?」

「目利きの君がそう思うのなら間違いない」

冗談めかして笑っていても、羽鳥さんはお世辞を言う人じゃないから。だからもったいなくて、私は答えに困ってしまった。

私こと妹尾(せのお)カンナが沖野屋書店を任されるようになったのは今年の春。古書店の雇われ主人としては半年足らずのひよっこだ。

こうして店をまかされる前は、バイトとして半年ほど祖父を手伝っていた。正直、バイトを始めた頃は自分がこの店を切り盛りするようになるなんて思いもしなかった。ただ、祖父がどういうつもりだったのかはわからないけど――。

「おまえ、バイトする気はないかね?」
「え?」

当時、私は二年間つとめた会社を辞めて、東京を引き払って実家で家事手伝いをしていた。祖父に誘われたのは、病気を理由に退職してから半年経った頃。体調も回復してそろそろ何か始めたいと思っていた矢先だった。だからとても嬉しかった。けど、意外でもあった。

「お祖父ちゃん、私がお店をやるの嫌なんじゃなかったっけ?」

私がまだ学生の頃。祖父は就活中の私に「ダメなら店に転がり込めばいいなんて思ったら大間違いだからな」とつねづね言っていた。
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